自動車人の食卓 プロローグ イタリア人はイタリア料理を毎日食べる

アヘッド 自動車人の食卓

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イタリア自動車人について記された書き物を読んでいると、しばしば食卓の記述にぶつかる。ぶつかっては強く惹きつけられる。彼らが生み出したクルマの名前も年代も馬力も車重も流れる水のごとく頭の上を通過していくが、食べ物が出てくると料理の名前がするりと体に入って来る。

text:松本葉 [aheadアーカイブス vol.181 2017年12月号]
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イタリア人はイタリア料理を毎日食べる

イタリア人はイタリア料理を毎日食べる

ほほー、エンツォ・フェラーリの好物はニョッコ・フリットか。タツィオ・ヌヴォラーリはトルテッローニを食べていたのか。技術の仕組みは何度、読んでも理解できず調べようとも思わないくせに、出合った食べ物についてはすぐに料理書に手が伸びる。今夜はコレだ。やる気まんまん、作る気まんまん。

自動車人の食の記述が面白いのは、それがいつも彼らの郷土の名物料理だから。フェラーリ、マゼラーティ、ドゥカティ、アプリリア、MVアグスタを生み出したエミリア・ロマーニャ地方は男の血がガソリンで出来ているといわれる土地柄だが、食もマッチョ。土地の風土や気候と食、そこで生まれたヒトやクルマは三位一体だなあとしみじみ思う。自動車人の食卓の風景はイタリアのさまざまな地方を旅する楽しさに溢れている。

イタリア人はイタリア料理を毎日、食べている。日本のようにカレーやラーメンが食卓に上ることはあり得ない。それは食の捉え方や文化の違いというより、国の成り立ちの違いではないか思う。長い歴史を持ちながら国の統一から僅か156年のイタリアには現在もカンパニリズモと呼ばれる〝おらが故郷が一番〟意識が強く根付いている。郷土への愛が地方料理を守って来た。

イタリア料理と括られるものには、ゆえに、それぞれの人々にとっての異国料理が含まれている。自国が内包する〝外国〟料理のメニューは無限。実際、山ほどあるテレビの食の番組は9割以上がイタリアの郷土料理を伝える。これだけあってはチャーハンまで行き着かないであろう。

イタリア料理の良さはシンプルであること。基本素材が手に入り易い。この国の大手スーパーのテレビコマーシャルに自分たちの食卓に欠かせないものを連呼するシーンがあって、これが最も安いのがウチのスーパーだとアピールするが、欠かせないものとはこんな具合。小麦粉、卵、トマトの缶詰、肉と魚と野菜と果物。嬉しいじゃないか。ここにパスタとオリーブオイルを追加すればバッチリだ。

最近はフランスが得意とするソフィスティケートされた料理に足並みを揃えようとするレストランも増えてきたが、家の食卓は現在でも質実剛健、山盛りてんこ盛り。モディファイやアレンジを嫌う。アイデア料理が幅を効かす日本との違いに唖然とする。ウチの姑は時々、トチ狂ってアレンジを試みるが、そのたびに舅に一喝される。

孫のウケを狙ってテラミスにパイナップルを入れ込んだとき、案の定、彼の顰蹙を買った。「そのままで美味いものに、なぜこういう余分なことをする」 伝統のレシピには過不足がない。だから「弄るな!」 オリジナルを発明しようと血迷うたび、彼のこの一言が蘇る。

アラビアータにはペンネ、アマトリチャーナにはブカティーニ、サラダをあえるのはオリーブオイルと塩とレモンか酢。多くの約束事が存在するが、これを守れば 〝イタリア料理〟になるところもいい。ケチャップで味付けたナポリタンを本場の味と思い育った私は結婚当初、食事作りを案じたが、そう言うたびに舅に励まされた。

「不安な時はパスタでも肉料理でも最後にオリーブオイルを回し掛けておけばイタリア料理になる。心配はいらん」 凝り固まっているようで実はフレキシブルなイタリア人同様、この国の料理は寛大なのだ。

これからしばらく、イタリア自動車人の食卓や好物や郷土料理を、人となりや土地の話と絡めながら眺めてみたいと思う。眺めるだけではなく、作ってみたいと思う。つくれんぼを期待してレシピを綴る予定。

『自動車人の食卓』はイタリアへの旅のいざない。私と一緒に旅して頂ければとても嬉しい。

Buon appetito & Buon viaggio.

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。
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