デザインとは何か ーミラノデザインウィーク2016「SETSUNA」に思うことー

普段当たり前のように使っている「デザイン」という言葉。でも、デザインっていったい何なのだろう。デザインとは単に見た目のことなのだろうか。そんなことを考えていたある日、ミラノデザインウィークに外板に木を使ったというコンセプトカー、トヨタ「SETSUNA」が出展されると聞いた。イタリアにも暮らし、今は南仏に居を構える自動車コラムニスト松本 葉がミラノへと向かった。「SETSUNA」を見て、松本 葉が考えた“デザイン"とは。

text:松本 葉 [aheadアーカイブス vol.162 2016年5月号]

アヘッド デザインとは何か

デザインウィークに行ってデザインがわかるようになったわけではない。それどころかデザインの難しさに驚くばかりだ。デザインすることの難しさ、それを受け止めることの難しさ。それはつまり、今という時代の難しさに他ならない。

技術の進歩は我々の生活に大きな変化をもたらした。大きな変化はしかし、私たちの暮らしを複雑化した。複雑さを享受できる人間と振り落とされる人間とに分別し、万人に平等に分配されたわけではない。

ソーシャルネットワークは世界の片隅でおきた出来事を瞬く間に伝え、私たちの日常に些細な情報が波のように押し寄せる。それでもいまだ一杯の水の確保に難儀するヒトがいて、戦火から逃れる子供がいて、オンボロ船に命を託す難民がいる。

アヘッド デザインとは何か

▶︎アルミケースの中の短針は時間(1周=24時間)、長針は月日(1周=365日)、カウンターメーターは年を刻む。ステアリングホイールやドアミラーなどには「拭き漆」を採用。時を経て、使い込まれることで、風合いが生まれてゆく。


デザインウィークで実感したのは、喜ばしさと戸惑いと矛盾にあふれる今の世界にあって、地球の将来を我が事ととらえる企業があるということ。そこには痛みを感じる人々がいて、その痛みを希望に変えようとする力が人間には備わっている、それを見せる。

なによりさまざまなアイデアが提出されていることが頼もしく思われた。石を道具に変えた原始時代から、新しさはいつも、人間が求める必然性とそれを具現化するアイデアから始まっている。

生きるということにヒトは留まっているわけにはいかない。好むと好まざるとに関わらず生きる我々は昨日から今日へと歩き、明日に向かう。時に引き摺られるようにして、時に置いて行かれそうになったり時を追い越そうと躍起になったりしながら明日を目指す。デザインウィークで見たモノには明日を心豊かにする希望があって、クルマは、そんな明日に向かうための足となる可能性を秘めている。

技術が自動車を生み出したのではない。スピードを携え此処ではない何処かへ、人間の移動への欲望と移動を可能とするモノへの執着が技術を生み出し、クルマを育てたのだと私は思う。作り手と乗り手の顔が見えるクルマというものが、だから好き。SETSUNAの試みは今は現実からは遠い提案に見えても、ヒトの生み出した提案のなかに潜む 〝小さな提案 〟が将来を担う力を持つかも知れない。

とても楽しいショーだった。


*今回、トヨタと車両外板を共同開発したのは住友林業。コンセプト具現化のため木部の設計、加工、組み立ての提案の他、フレームや各種パネルなどの樹種の選択、木構造についての知識の共有などを行った。

SETSUNAに取り入れられた「送り蟻」や「くさび」など釘やネジを使用しない伝統技法は、住友林業が住宅建築において活用してきた技術でもある。住友林業は1691年に創業。日本の国土の1/900にあたる社有林を保有し、持続可能な森林管理を行っている。http://sfc.jp/

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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