リノベーションという選択

今、住宅業界の中では“中古物件をリノベーションする”というスタイルが注目を集めている。新品であることより、自分の価値観を持って暮らしたいという人が増えているのだ。住まいのことで悩むのなら、「賃貸と購入どちらが得か」ということよりも、「どうすれば自分の価値観やライフスタイルにあった暮らしができるか」で悩みたい。自分流の暮らしを手に入れるヒントを、リノベーションに探ってみた。

text:村上智子、若林葉子 photo:菅原康太
[aheadアーカイブス vol.135 2014年2月号]

Chapter
自分のスタイルを選んで生きる
リノベーションの持つ力とは
業界の常識に風穴を空ける
住まいは生き方につながる
センスで暮らす
アヘッド リノベーション

自分のスタイルを選んで生きる

アヘッド リノベーション

text:村上智子

住まいと人との関わり方を自由な視点で提案し続けてきた建築家の馬場さん。この10年間を「リノベーションとは単なる建築再生ではなく、価値観の変革であった」と振り返る。そんな馬場さんに、リノベーションの魅力やこれからの住まいのあり方についてお話を伺った。 

取材場所は、剥き出しのコンクリート壁に白いペンキが塗られた、ごくシンプルな内装の2階建ビルだった。中に入ると、階段下に垂直につり下げられた自転車や壁と一体化した黒い会議用ボード…。機能性までもデザインとして表現されているようだ。と、タクシーが停まり、一人の男性が慌てた様子で降りてきた。

「お待たせしてすみません!」

この部屋寒いでしょう? と申し訳なさそうな表情を浮かべながら、気遣うようにストーブをこちらへ向けてくれたこの人こそ、建築設計事務所Open Aの代表であり、リノベーションという概念を世に広めた人物、馬場正尊さんだ。

リノベーションの持つ力とは

アヘッド リノベーション

●【case1】untitled(Open Aの旧オフィス)
1階が駐車場、2階が食品倉庫として使われていた物件(写真下)をリノベーション(写真右)。帰国後、ここを探してリノベーションするプロセスを通じて、「東京R不動産」を思いつき、ブームを生み出すこととなった。現在はミーティングルーム兼ギャラリーとして使用している。

そもそも〝リノベーション〟とは何だろう。

一般的に、リフォームは壁紙の張り替えなどといった小規模な改修を指すのに対し、リノベーションは、配管などのライフラインから耐震性といった躯体性能までを含めた大がかりな改修を指す。実際には、混在されて使われることもあるが、馬場さんによると本来の最たる違いは両者の概念だ、という。

「リフォームは、新築コンプレックスとでも言うのか、老朽化した部分を隠し、できるだけ建築当初の状態に復元することを良しとします。一方リノベーションは、古さを前向きに継承しつつ、変えるところは積極的に変える。その建物の新しい価値を引き出そうという考えです」 

例えば、親から築ウン十年の実家を引き継いだとする。間取りや内装が今のライフスタイルや趣味に合わないし、水回りなどの設備も不安。クルマやバイクをいじれるガレージが1階に欲しいけど、予算の制約や思い入れもある…。そういった時に力を発揮するのがリノベーションによる物件再生だ。

オフィス→住宅といった具合に、用途や機能まで変えることも珍しくないそうで、この日インタビューさせたいただいたオフィスも、かつてはガレージだったという。
 
元々博報堂に勤めていたという馬場さんだが、どうしてリノベーションに取り組むことになったのか。原点を聞いてみた。
「10年ほど前に、外資系銀行の知人から『貸すことも売ることもできない古い物件を、デザインの力でなんとかできないか』と相談されたんです。ちょうど不良債権処理が一段落した頃で、世間では、建築ラッシュによる都心のオフィス供給過剰問題や日本の人口減少問題が社会問題となりつつありました」

建てるだけ建てて古い物は壊す、という手法の限界は感じているけれど、建築年数や立地条件などスペック重視の物件常識は変わっていない。その中で〝不動産の価値をデザインに託す〟という発想は新鮮だった。大学で学び直し、都市建築に興味を持っていた馬場さんは、解決の糸口をデザインに見つけようと、実例の豊富なアメリカへ飛ぶ。

「アメリカには、デザインによる古い建物や街の再生事例が多々あるんです。色んな人に聞いて回りながら、面白い事例を訪ね歩きました」

デザインによる建築再生は、アーティストやデザイナーなど感度の高い人々を呼び込み、街の雰囲気を変えるきっかけを作っていた。こうして名もなきエリアが、やがて注目のエリアへと変貌していくのだという。だが、馬場さんが最も刺激を受けたのは、デザインでもなく流行のライフスタイルでもなく、ファイナンスに対する姿勢だったそうだ。

「アメリカでは、リノベーションするにあたり〝いくら投資してどの程度利回りを得るのか〟といった経済合理性まで考えています。そのため不動産とデザイナーは一緒になってプロジェクトを進める。一方日本では、両者はまったく別々に動いている。『お互い違う分野だから』というわけです。まずはここの垣根をなくさないと、物事は動かせないと実感しました」

業界の常識に風穴を空ける

あの取材旅行がなければ、「古い実家をガレージ付きの家にしたい」といった相談ができる窓口や、古い味を生かした賃貸物件は今ほどなかったかもしれない。というのも、帰国後に取り掛かった物件探しで思わぬ壁にぶち当たったことが、ある問題意識をもたらしたからだ。

空室率の増加に悩む都心の東エリア(裏日本橋、東神田周辺)で、リノベーションの第一歩を踏み出そうと決意したときのこと。

「話がまるで通じないんです。『倉庫みたいな物件を探している。自分で改造したい』って言うと『困る。そんな物件ないよ』って。『あれ借りたい』と言うと『あんなのでいいの?』という調子」

確かに、賃貸物件で好きに改造させてくれるところはほとんどない。工夫次第で魅力的になりそうでも「古いしどうせ誰も借りないだろう」とオーナーが最初から諦めている場合もある。ましてそうした物件と希望する人をつなぐノウハウも不動産業界にはなかった。

「僕みたいな空間を望む潜在的ニーズはあるはずなのに、肝心の物件にアクセスする方法やインフラがない。日本にリノベーション物件がないわけです」

ミスマッチの問題に気付いた馬場さんは、日本特有の慣習や流通、契約システムというものを変えようと動き出す。その一つが、新しい視点で不動産を発見・紹介するサイト「東京R不動産」の立ち上げだ。

同サイトでは、駅近や築浅といった検索条件に代わり、「眺望GOOD」、「レトロな味わい」、「オマケ付き」といった独自の観点で物件をカテゴライズしている。まるで部屋がついでのような、屋上がやたら広い物件、窓からの借景に全力を注いだ駅から遠い物件…。

アンバランスだけれど突出したこだわりは、生活まで変えてしまうような刺激と魅力に満ちている。反応はどうだったのだろう。

「『こんな味のある物件を待っていた』と評判になり、賃貸物件から引き合いが出始めました」

さらにリノベーションの手法でビルを住宅に機能変換してみると、入居者が次々と決まっていく。実例を目の当たりにすると、オーナー側の意識も少しずつ変わっていった。

住まいは生き方につながる

アヘッド リノベーション

●【case2】Park Axis門前仲町
地上10階建てのオフィルビルを集合住宅へとコンバージョン。一部住戸では、専用ウッドデッキを用意、景色を生かし、隅田川と東京スカイツリーを眺望できるようにした。馬場さんが手掛けるリノベーションでは、機能ごと変えることによって建築再生に導く事例も多い。

アヘッド リノベーション

●馬場正尊 Masataka Baba
1968年佐賀県生まれ。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2002年に建築設計事務所「Open A」を設立。個人住宅から商業施設のリノベーション、都市計画まで幅広く手掛けるほか、東京R不動産を人気のサイトに育て上げる。近著に『RePUBLIC/公共空間のリノベーション』(学芸出版社)。

リノベーションを好むお客さんは、ある共通スタンスを持っているという。

「住宅のスペックよりも、自分のセンスや知性が織り込まれているか、を重視しますね。自分の知性や価値観、ライフスタイルに自信を持つ人が多い。クルマでいうところのカスタムカーを楽しむ層と共通のものがあるかもしれません」

なるほど。では、フツウの人は今後どういうスタンスで家探しをすればいいのだろう。

「少なくとも、親世代のように『どの駅にいくらの新築物件を買うかがステイタス』という価値観は完全に崩れましたよね。先行きが分からない時代なのに、新築で何十年もローンを抱えるのはリスク。これからは、変化に柔軟に対応できる住宅選びをした方がいい。家を持つならいざという時貸せるような状態をとっておく、とか」

なにも、自分の理想を犠牲にしろというわけではない。クルマ選びで「将来の下取りを考えて欲しい色を我慢した」という話をたまに聞くが、これが家ならどうか。大きな買い物だけに勇気がいるが、大きな買い物だからこそ、自分にとっての快適さや趣味、ライフスタイルは我慢したくない。それらを現実的な経済レベルで叶えたいと考えた時、リノベーションは一つの選択肢になる。

住まいへの道は、人生のこだわりや優先順位を自分に問うていくことでもある。逆に、求める生き方がはっきりすれば、もっと自由に住み方を考えられるだろうし、働き方だって変わるかもしれない。

馬場さん自身、4年前から東京都内と千葉県・房総を行き来する二拠点居住生活を実験的に行っている。仕事のある平日は都心でコンパクトに、週末は郊外でゆったりと過ごす。もちろんコスト面も考慮した上でだ。不合理だとか不便に思うこともあるそうだが、心がバランス良くいられるのがいいと感じている。

「もっと〝移動〟を前提に人生を組み立てると、新しい楽しさが出てくると思いますよ」

自分の求める生き方にきちんと向き合えば、住まいはとても自由で豊かな人生をもたらしてくれるにちがいない。

センスで暮らす

アヘッド リノベーション

text:若林葉子

クルマ・バイク好きにとって、愛車とともに暮らせる“ガレージハウス”は一つの夢。「一般家庭にはムリ」と思い込みがちだが、可能性を閉ざす原因は果たしてお金や知識なのだろうか。実際に、古い住宅をガレージハウスへとリノベーションした建築家のお宅を訪ねた。

アヘッド リノベーション

「最近旧い家を改築してガレージハウスを建てた建築家の人を紹介したいんです」と知り合いのカメラマンから声を掛けられたのが昨秋。そんな立派なガレージハウスを見せられてもね…と、勝手な思い込みで気乗りしないまま訪れたのが、この一軒家。

全然立派じゃない。つまり、たたずまいは端正だけれど、これみよがしな立派さは少しもなくて、周囲の家並みにも違和感なくとけ込んでいる。健康そうなみかんの木が気ままに枝を伸ばして、気持ち良さそうだ。オーナーの人柄をそのまま表しているようで、いっぺんにこの家が好きになった。

●元々あった外の植栽はそのまま残しているが、わざときちんと刈り込むことをしていない。それがかえって家全体を伸び伸びとした印象にしている。。夫さんがインナーガレージ(趣味空間)と呼ぶスペースは、元々和室のあった場所。インナーガレージに造り変えるとともに、玄関を移設した。結果的に、広く伸び伸びと開放的な趣味玄関が生まれた。リビングやキッチンと一体的にデザインされているが、引き戸で仕切ることができ、生活空間とうまく共存。このような空間変更がこの住宅の魅力を生み出している。これらが大胆かつローコストで実現できるのは、中古物件のリノベーションという手法だからこそ。一軒家でガレージハウスを実現するのも夢ではないと教えてくれる一例である。

オーナーは さん。都内に「8.columnS(エイトコラムス」という建築設計事務所を構えている。上の写真でMGミジェットがちょこんと顔を覗かせているガレージは電動シャッターで開け閉めでき、オープンカーさながらに外に向かって気持ちよく開く住まいだ。羨ましい限りだが、夫さんとて、有り余る資金で築40年のこの家を改築したわけではない。普通のサラリーマンがマンションを買うのとそう大きくは変わらない予算だ。

「もちろん、もっとこうしたいという理想はありますが、そこは予算との相談です。お金を掛けるべきところには掛け、掛けられないところはセンスで補う」

アヘッド リノベーション

●夫 学柱(fu hatchu)
(株)エイトコラムス代表取締役社長。
東京生まれ。慶應義塾大学SFC 博士
(学術)/Ph.D。一級建築士
株式会社エイトコラムス代表。建築設計活動の傍ら、『8.office』というシェアオフィスをユニークなコンセプトで表参道や高円寺など各所で展開、“仕事場”というオフィス環境の解釈を広げている。   
http://8office.jp/ http://8col.blogspot.jp/

実際、そこここに夫さんのアイデアとセンスが活かされているのがよく分かる。いわゆる高価なものやブランド品の姿はない。

「高価なものは社会がすでに価値を認めているものです。社会の保証付き。僕は設計デザインという仕事で価値を創り出す立場にいますから、その保証付きの価値にこびるわけにはいかないですよね。だからそこはやはり既存の価値との闘いです」

高価なものは良くて当たり前。でもそれに自分が価値を見出せるかどうかはまた別の問題だ。リノベーションのように古い住宅に手を入れて住むというのは、密かな闘いでもあり、そしてだからこそ面白い。

「僕も高価なものを否定しているわけじゃないんです。年齢を重ねるにつれ、クオリティを下げられなくなっていく、ということはありますよね。僕もひょっとしたら10年先、20年先、この家を誰かに譲って、住み替えているかもしれない。でも今はこの家が自分の経済力とイコールであり、自分にとって居心地がいいんです」

ガレージハウスを手に入れることは多分、誰にでもできる。最低限の資金はもちろん必要。でもそれ以上に、自分の価値観と向き合い、センスを磨け、ということだ。

住宅産業の既存の価値やスペックから解き放たれたとき初めて、ガレージハウスへの可能性は大きく開かれるのだと思う。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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