海とクルマと本と街…

昨年の暮れ、湘南T-SITEという、本屋さんとテナントショップがシームレスにつながる複合施設がオープンした。国道134号線を走るいつものドライブルートからも程よい距離。海を見にいくだけだったドライブに、気軽に立ち寄れる場所ができたのはうれしいことだ。まだ風の冷たい2月の午後、海へ向かってクルマを走らせた。

text:今井優杏、若林葉子 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.148 2015年3月号]

「木馬館」と湘南T-SITE文

アヘッド 海と本

text:若林葉子

取り立てて本好きというわけではないが、子供の頃の思い出の中で本にまつわるあれこれはどれも幸福な色合いで包まれている。小学校の図書室の斜めに差し込む朝の光の中で過ごした静かな時間。母がたまに自転車で連れて行ってくれた「木馬館」という児童書を集めた本屋さんには優しいおじさんがいて、何を読んでもダメと言われたことはなかった。だから多分、私には理想の本屋さんみたいなものがある。そこには本以外にはなるべく余計なものはなくて、できれば優しい自然光が柔らかい影をつくり、適度に人と自分、本と自分の間に距離を保てる空間があって、本と自分との関係に集中できることが大事なのだ。…と、湘南T―SITEに行って初めて気付いた。

本屋さんに行く。そんな気持ちで出掛けたのだった。そうしたらなんだか気が散ってしまって、自分がどこに来たのか迷子のような気持ちになってしまった。本以外のモノが多いからだろう。しかし同行者の感想は違った。「自分のように活字が得意じゃない人間にはちょうどいい。プレッシャーがなくて」

それから2度、湘南T―SITEに行った。そして今、私の目の前に湘南T―SITEで買った1冊の本がある。2度目に行ったとき、確か「料理」「暮らし」のコーナーとライフスタイルショップが接しているあたりで、食器とか雑貨を見ながらぶらぶらと歩いていてふと目にし、一瞬手に取ったのだ。そのときふいに携帯が鳴ってそのままになってしまった。3度目に行ったとき、すでにそこにその本はなかった。本の名前も覚えておらず諦めかけたが、店員さんに「こんな感じの内容なんだけど」と聞いてみた。「それだけではちょっと分からないですね」と言われたのだったが、そのあとしばらくして別の店員さんに声を掛けられた。「ひょっとしてこれじゃないですか?」横で会話を聞いていて、ネットで検索し、書棚から探し出してくれたのだ。

結局、3500円もするその本を買った。

多分、ほかの本屋さんでは買わなかっただろう。値段もさることながら、本を探しに行く目的では出会えなかった本だと思う。ドライブのついでにふらっと立ち寄って、雑貨や食材や洋服や植物を見る。そんなフラットな自分だったからこそ、その本はそっと私の気持ちを捉えたのだ。

理想の本屋さんがある、などと偉そうなことを言ってみても、気がつけば必要な本はネットで買うことが多くなり、本屋さんに足を運ぶことは少なくなった。それを考えれば、本との出会いの場を提供してくれる湘南T―SITEという場所は十分にありなのだ。ここでは本も、他のモノたちとの関係性の中にある。人がそのネットワークの中に入っていったとき、本との新しい出会いがあるのかもしれない。

家電量販店でクルマが売られる時代。それを嘆くクルマ好きも多いけれど、人とモノの関係は時代とともに変化する。そして私たちはみな時代の中で生きている。

-----------------------------------------------
text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

アヘッド ロゴ