海とクルマと本と街…

昨年の暮れ、湘南T-SITEという、本屋さんとテナントショップがシームレスにつながる複合施設がオープンした。国道134号線を走るいつものドライブルートからも程よい距離。海を見にいくだけだったドライブに、気軽に立ち寄れる場所ができたのはうれしいことだ。まだ風の冷たい2月の午後、海へ向かってクルマを走らせた。

text:今井優杏、若林葉子 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.148 2015年3月号]

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「木馬館」と湘南T-SITE文

少し時間に余裕ができたとき、ふとドライブに出かけようと思い立つ。煩雑な日常のあれこれを振り切り、ルーティンにまみれた生活に再生の風穴を通すために。そんなとき、都内在住の私はいつも海を目指すことにしている。そうなったらどうしたって、行先は湘南から茅ヶ崎方面がベストだ。

都内からわずか1時間と少し、気分転換には最高のディスティネーション。かつてサーフィンに夢中だったころは、この距離のあいだじゅう不安に駆られたものだ。いくら朝はやく海を目指したって、ハンドルを握っているあいだに波が去ってしまうんじゃないか、凪がやってくるんじゃないか。少しサーフィンから距離を置いてしまった今なら、もう少し道程を楽しめる。だって実際にたどり着いてみればそこにはいつもと変わらない海があって、ひたすら変わらずたぷたぷと浜を洗っているのだから。

そのころからずっと憧れていることがある。海の傍に移住することだ。海まで徒歩10分、夜明け。起きたらまず海におはようと言いに行く生活。まだ眠い目をこすりながら、朝焼けに全身を浄化してもらう。なにかと貧弱なうちのワンコだって、きっともっと健康になるだろう。

休日には茅ヶ崎のビーチウォークあたりを、タイヤの太い自転車ビーチクルーザーで流す。強い日差しに肌はさらされ、きっともっと日焼けしちゃうな。でも心も潮に洗いざらしになって、すっきりと人生の行く先を見つめられるようになるだろう。悩んだときは砂浜に座ろう。怒りに心を乗っ取られて、グラグラ鬱屈してきたら海に入ろう。

だけど何かと人生そうはいかず、都内をベースに仕事をする私にとって、湘南は近くて遠い理想郷。打ち合わせや会食、友人との気楽な宴会なんかを思えば、湘南に住むことを躊躇してしまうのだ。しかしそんな臆病者の私の心を思いっきりユサユサ揺さぶる、素敵な場所が誕生した。湘南T―SITEである。

すでに東京のオシャレエリア代官山でただならぬ存在感を示し、一躍代官山エリアを代表するスポットに躍り出た代官山T―SITEの第二弾だ。T―SITEは書店からスタートし、レンタルビデオで事業を拡大したTSUTAYAを擁するカルチュア・コンビニエンス・クラブ㈱が展開する、ライフスタイル型複合商業施設。

その中心になるのがTSUTAYAの原点である書店である。街にある通常の店舗とはコンセプトを明確に分け、『書をとりまくライフスタイル全般』をプロデュースするコンセプトになっていて、それが見事に本好き活字好きの心をこれでもかとくすぐる設定になっている。

場所は海岸沿いを走る国道134号線から少し入ったところ、JR東海道本線の辻堂駅と藤沢駅のちょうどまんなかくらいに位置する。このエリア自体が『Fujisawa SST(サスティナブル・スマート・タウン)』という、次世代に向けたコンセプティブなスマートタウンであり、湘南T―SITEはその広告塔的フラッグシップの役割も担う場所になる。

いや難しいハナシはもう止めよう。そこを初めて訪れて以来、私はこの場所に恋をしてしまった。代官山のそれはやはり代官山らしく、流行の最先端を行く高感度すぎるオシャレピープルたちが集いに集っているため、仕事帰りに優雅な気分で本を選んで活字に一縷の癒しを見出す……というよりは、隣でマックをすまし顔で叩いているあのノマドワーカー青年に負けてはいけない! みたいなヘンな闘争心が生まれるため、そうリラックスできないのが現状のナサケナイ私であるが、湘南はちょっと違う。

まだ誕生したばかりで訪れる人も少なく、湘南ならではのゆとりある空間の取り方が心地よいパーソナルスペースを生んでいるため、呼吸がラク。まるでそこにいるだけで、本来の自分を取り戻していけるかのようなゆったりした気分になれるのである。

広大な敷地内の建物は二階建て。その一階のほとんどが書店になっているのだが、そのあちこちにカフェがあり、本を買わずしてもカフェに本を持ち込んで、立ち読みならぬ座り読みが出来るのは代官山と同じだ。

だがここ湘南T―SITEでは、さらにカフェ以外の専門店も充実している。カメラショップ、ステーショナリーショップ、そしてなんと自転車屋さんやコンビニまである。しかし、それらがそれぞれの店舗に区切られておらず、微妙にそれぞれの輪郭を溶け合わせるようにして共存しているのが大きな特徴。本屋がカフェに、そしてその本を読んで美しい写真を撮りたくなったらカメラ屋へ、と、自然に心の振り幅を拡げられるようになっているのだ。

書籍のチョイスもどことなく湘南のユルさを反映したオーガニックなもの。この辺で生活をすることの豊かさ人間らしさに、ホワンとイマジネーションが刺激される。二階にはレストランや美容室など店舗の他にイベントやワークショップが開催される『湘南ラウンジ』なるコミュニティスペースもあり、今後ココが街の中心になった時の発展も楽しみだ。

さらにクルマ好きとしてはこの書店エリアの別棟にある『カーライフラボ 湘南マガジンテラス』も必見だ。A棟とB棟、ふたつの建屋からなるこのエリアでは、片方が電気自動車などの次世代モビリティの展示と試乗の基地に、もう片方がカーライフを中心にしたライフスタイル提案の展示になっている(取材当時。カーライフラボでの展示企画は常設展示ではなく時期によって異なる)。

その絶妙なイマっぽいチョイスもさることながら、圧倒的に感激したのはクルマに関する書籍が読み放題なこと! 部屋の三方にうず高く展示されたクルマや旅、食に関する本たち。その絶妙のセンスには感激してしまった。かゆいところに手が届くような本を選んでソファにうずくまる。日がな一日クルマと本にまみれて時間を過ごすことが出来るなんて、これ以上の贅沢があるだろうか。

湘南は海のほかにとんでもないカードを手に入れてしまった。このあたりがますます魅力的なエリアになることに間違いはない。

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text:今井優杏/Yuki Imai
レースクィーン、広告代理店勤務を経て自動車ジャーナリスト。WEB、自動車専門誌に寄稿する傍らモータースポーツMCとしての肩書も持ち、サーキットや各種レース、自動車イベント等で活躍している。バイク乗りでもあり、最近はオートバイ誌にも活動の場を広げている。

「木馬館」と湘南T-SITE文

text:若林葉子

取り立てて本好きというわけではないが、子供の頃の思い出の中で本にまつわるあれこれはどれも幸福な色合いで包まれている。小学校の図書室の斜めに差し込む朝の光の中で過ごした静かな時間。母がたまに自転車で連れて行ってくれた「木馬館」という児童書を集めた本屋さんには優しいおじさんがいて、何を読んでもダメと言われたことはなかった。だから多分、私には理想の本屋さんみたいなものがある。そこには本以外にはなるべく余計なものはなくて、できれば優しい自然光が柔らかい影をつくり、適度に人と自分、本と自分の間に距離を保てる空間があって、本と自分との関係に集中できることが大事なのだ。…と、湘南T―SITEに行って初めて気付いた。

本屋さんに行く。そんな気持ちで出掛けたのだった。そうしたらなんだか気が散ってしまって、自分がどこに来たのか迷子のような気持ちになってしまった。本以外のモノが多いからだろう。しかし同行者の感想は違った。「自分のように活字が得意じゃない人間にはちょうどいい。プレッシャーがなくて」

それから2度、湘南T―SITEに行った。そして今、私の目の前に湘南T―SITEで買った1冊の本がある。2度目に行ったとき、確か「料理」「暮らし」のコーナーとライフスタイルショップが接しているあたりで、食器とか雑貨を見ながらぶらぶらと歩いていてふと目にし、一瞬手に取ったのだ。そのときふいに携帯が鳴ってそのままになってしまった。3度目に行ったとき、すでにそこにその本はなかった。本の名前も覚えておらず諦めかけたが、店員さんに「こんな感じの内容なんだけど」と聞いてみた。「それだけではちょっと分からないですね」と言われたのだったが、そのあとしばらくして別の店員さんに声を掛けられた。「ひょっとしてこれじゃないですか?」横で会話を聞いていて、ネットで検索し、書棚から探し出してくれたのだ。

結局、3500円もするその本を買った。

多分、ほかの本屋さんでは買わなかっただろう。値段もさることながら、本を探しに行く目的では出会えなかった本だと思う。ドライブのついでにふらっと立ち寄って、雑貨や食材や洋服や植物を見る。そんなフラットな自分だったからこそ、その本はそっと私の気持ちを捉えたのだ。

理想の本屋さんがある、などと偉そうなことを言ってみても、気がつけば必要な本はネットで買うことが多くなり、本屋さんに足を運ぶことは少なくなった。それを考えれば、本との出会いの場を提供してくれる湘南T―SITEという場所は十分にありなのだ。ここでは本も、他のモノたちとの関係性の中にある。人がそのネットワークの中に入っていったとき、本との新しい出会いがあるのかもしれない。

家電量販店でクルマが売られる時代。それを嘆くクルマ好きも多いけれど、人とモノの関係は時代とともに変化する。そして私たちはみな時代の中で生きている。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。