21世紀少年はドライブにいく夢を見るか? 小沢コージvs神尾成

インターネットの普及によって、どこにいようと何時であろうと必要な情報を取り出せるようなった。また、メールやSNSの発達によって、どこにいても、即座に人とつながれるようにもなった。誰もが時間や距離を飛び越えられるので今までよりも選択の自由度が増え、様々な生き方を実現しやすい。しかしそれは、ある意味で正解のない時代になったともいえるのだ。何事もデジタルが支配する現代こそ、野生の勘が必要になっている。

まとめ:まるも亜希子 [aheadアーカイブス vol.158 2016年1月号]

Chapter
21世紀少年はドライブにいく夢を見るか? 小沢コージvs神尾成
デジタル=野生の勘が求められる時代
自動運転がもたらすものの是と非
余暇屋に必要なのは愛をもって表現すること

21世紀少年はドライブにいく夢を見るか? 小沢コージvs神尾成

デジタル=野生の勘が求められる時代

―2015年から、 2016年へ。今の時代は二人にどう映っているのでしょうか。


神尾
 落とし穴だらけの中で生活していることを自覚する必要が出てきたなと感じている。例えば、携帯電話のアプリなんかにしても、曖昧なモノを売る時代になっているように思う。その商品が未完成でも、問題が出たら後でアップデートすればイイ、というようなことが横行しているのは冷静に考えればおかしいでしょう。

インターネットについても使い方によっては、大きなマイナスに導く力を持っているし。アナログな時代は全体が想像ができてゴールの予測がついたけれど、デジタルはどこに飛び火するか予想できない。

自分自身で瞬間的に判断しなければ、どんなことに巻き込まれるか分からない時代になってしまった。常に猛スピードで獣道を走っているようなもの。そういう意味で、デジタル=野生の勘が求められる時代になったと言えるんじゃないかな。

小沢 リスクは確実に増えましたよね。見る必要もないものや知らなくても良かったことを、インターネットを通じて知ってしまうことによって、予想外の感情や危険が生まれているような気がする。

神尾 最近よく言われてるけど、フェイスブックで他人の幸福を見て、コンプレックスを抱えてしまう人は多いだろうね。アップされていることが、その人の生活の一部でしかないと分かっていても、いざ見てしまうと自分と比べてしまって気になるものだから。

小沢 みんな人の幸せを見過ぎてストレスになってるんですよ。自分もフェイスブックやってるけど、なるべくゴージャスな海外出張とかそういうのはアップしないようにしてます。それも仕事のウチなので線引きは非常に難しいけど、結局は人の金で行ってるわけだし。僕らの仕事は憧れを持たれてナンボってところもあるので戦略は人それぞれだと思いますが。

神尾 そういうところが小沢コージ的な発想だね。恥という概念を意識している。通貨が発達して、社会の中で分担ができて、俺は八百屋だ私は魚屋だって人にはそれぞれの役割ができたわけだけど、その基準で言うと自分は「余暇屋」だと思っている。

社会で働いている人たちの余暇を、少しでも豊かにするために働くことが自分たちの役割だと。そういうふうに考えると何を発信することがイイことなのか、余暇屋としてそれは正しいことなのかといつも自問してしまう。

余暇の時間をクルマやバイクによって充実させたいと思っているひと達の演出係として働いて、はじめて存在が許される立場でしかないから。小沢コージは世間で目立ちたがり屋だと言われているけど、そういうところをわきまえているからファンが多いんだ。

小沢 褒められるとかゆいですけど、俺もそれなりに売名行為はしてますよ。やはり人として目立ってこそ読まれる文章もあると思うので。ただ、タレントじゃないんだから中身で喜んでもらいたいっていうのが理想かな。

神尾 その根っこの違いは大きい。先のデジタルの話もそうだけど、客観的になってシンプルに考えると、そのモノの間違いが見えてくるよ。

自動運転がもたらすものの是と非

―2015年に最も賛否両論が巻き起こったものに、「自動運転」がありますが、お二人の見解はどうでしょう。


神尾
 クルマやバイクの運転というのは社会生活の中で未だに生命の危険に関わる緊張感が残されていて、他人に依存できない数少ないことのひとつ。けれども自動運転の時代になると、そこに依存が入ってきてしまうのではないかという懸念がある。その変化がこの先の社会にどう影響していくのか不安だというのが正直なところ。

小沢 2015年は自動車業界にとって大きなターニングポイントになったと思う。それは、ぶっちゃけて言えば、自動運転の実現に向けて「警察が動いた」ということ。

もともと自分はクルマに安全を求め過ぎちゃいけないと思っていたんだけど、70年代に交通事故死者が莫大な数にのぼり交通戦争が起こって、その後、警察は安全を理由にして必要以上に組織をデカくしていって、すべてを自分たちの管理下におこうとしているようにも見えた。

これは憲法9条問題にも似ていて、その是非はともかく日本人はピュアで清い絶対安全を求めすぎるクセがある。すっかりそういう体質になっちゃった。もちろんそれがもたらす素晴らしい世界もあって、日本は現実に世界的に安全な国だし、礼儀正しいとも思うんだけどそれが行きすぎている部分は少なからずあると思う。

ちなみに幼稚園もそうで、最悪、腕の一本ぐらい折るってことはあると思うんですよ。ケースバイケースだと思いますけど、健康な男の子なら。その全責任を幼稚園に押しつけるなんてことをやってると保育士さんのなり手がいなくなる。

クルマと安全の関係もそうで、そもそもクルマが走るという時点で完璧な安全なんてありえない。ましてや責任をほとんどドライバーとクルマに負わせてスピードを理由に取り締まるだけじゃ、絶対ムリだと思います。

もっとほかにやるべきことは山ほどあって、交差点をロータリー(ラウンドアバウト)にするとか、見通しを良くするために交差点の周囲に建物を造ってはいけない法律をつくるとか、東名高速を4車線にするとかね。

神尾 ようやく日本で実証実験が始まったラウンドアバウトでは、今のところ重大事故は一件も発生していないという調査結果が発表された。

速度制限にしても、郊外の安全だと思われる場所でさえ、60キロに規制するから、市街地で制限速度を守らない人が多いのではないかという説も納得できる。欧州ではそこでメリハリをつけているから、ゾーン30(市街地の速度制限)がしっかりと守られていると聞く。

小沢 つまり、ずっと古典的な昭和安全主義でやってきて、僕たちクルマ好きはもはや自由な自動車の進化や公道での楽しみの享受をあきらめかけていたんだけど、そんな警察が、安倍総理がひとこと言っただけで両手離し運転テストを認めるなんて凄い時代が来たと思いました。

総理大臣って偉いんだなと。それと究極的には運転を管理し易くなる先端技術であることも無関係ではないと思います。そうは言ってないと思いますけどね。

神尾 マイナンバー制度が施行されたけどその比じゃないな。誰のクルマがどこを走っているかまでリアルタイムで管理される可能性が出てきたってことだ。それはもうSFホラーの世界だろう。

小沢 クルマ好きとしては、暗黒の社会が生まれるきっかけになりうる。でも実際には、かなり難しいでしょう。混合交通だから古いクルマをゼロにするのに何10年もかかるし、制限速度を完璧に守らせようとすると、現実問題として走れない道がいっぱい出てくる。

首都高なんて、インターの入口が40キロ制限で、たった10数メートルの加速車線で時速80キロまで上げないといけない場所なんかもあって、そこでは違反せざるを得ない。そういう矛盾を自動運転の時代はどうするのか? ハッキリ言って見ものですよ。

神尾 ただ技術として自動運転ができるということになったら、それは「見てみたい」「先に進めたい」と思うのが人間の本能なんじゃないかな。お金も大量に動くだろうし。自動運転が良いか悪いか、必要かどうかという話ではなくて。

小沢 まさにその通りで人間の本能と産業規模からいってこの流れは止められません。

神尾 しかし結局、無人タクシー的なモノになったとしたらそこまでして乗りたいと思うだろうか?

小沢 いやそれは乗りたいでしょ。そこが自動車メディアの大きな勘違いで、運転が楽しい、クルマが楽しいなんて多くの人は思ってないんですよ。いちばん楽しいのは、移動すること。人類としての移動本能ですよね。

しかも、例えば4人で東京から大阪まで往復すると、電車なら1人数万円かかるところを、クルマなら燃料代を入れたって4人だと1人数千円で済む。高速代が高い日本ですらそうで、アメリカなんてもっと安く済みますから。そこへきて自動運転まで導入されたらハンパじゃないメリットがクルマに生じます。

神尾 高齢で免許を返納した人とか、運転が苦手な女性でも移動の自由を得られるというのが自動運転の最大の目的だからね。公共交通機関と違い、クルマの場合は行き先や時間に縛られることがないので誰もが移動する自由を堪能することができる。それは明らかに素晴らしいことだよ。

小沢 だから自動運転ってのは、これまでのクルマとは別モノとして考えたほうが良い。あくまでも新しいモビリティであって、完全に新しい産業なんですよ。

▶︎三菱/eX Concept 三菱自動車が提案する、電気自動車と先進の自動運転技術の組み合わせによるコンセプトカー「eX Concept」。コンパクトSUVという形は、三菱ならではの提案だ。

▶︎ホンダ/WANDERSTAND CONCEPT 前後、真横、斜めへと自在に動き回れるホンダの2人乗りコンセプトモデルは、人を主役に移動する楽しさを提供する、というホンダの考える自動運転の未来を形にした。

▶︎トヨタ/首都高デモ走行 トヨタによる自動運転車のデモ走行では、実際に首都高を走らせ、合流や車線維持、車線変更などを自動で行えることを披露した。2020年頃の実用化を目指している。

▶︎日産/IDS CONCEPT 東京モーターショーの中でも、ひときわ注目を集めた自動運転車が日産の「IDS CONCEPT」。手動・自動とドライバーの選ぶ操舵方法に応じて、室内空間がトランスフォームする。

余暇屋に必要なのは愛をもって表現すること


神尾
 人が社会生活を営んでいくうえでマナーはルール以上に大切だと思っている。交通社会もルールだけでは成り立っていない。譲り合いとか思いやり運転とかだけじゃなくて、曖昧さとかのグレーゾーンが要になっている。そのグレーゾーンはマナーの範囲なんだよ。マナーのない社会はエンジンにオイルが入ってないのと同じで歪みが生じるようになると思う。

自動運転のもたらす社会がどのようなものになるのか分からないけど、ルールが今以上に幅を効かせるようになると、社会というエンジンが焼き付いてしまう気がする。

小沢 言えてます。あと、自動車メディアが自動運転によって急速に社会的なオピニオンを求められて対応しきれなくなってるのをなんとかしないと。

神尾 今は個人でディーラーを回って試乗して、ブログにいくらでも書けるし、そっちの方がリアルだとか言われてしまう時代だから。自動車メディアは、社会が求めているものをもっと先回りして発信していかなければいけないな。

小沢 ある意味で自動車メディアが脱皮するいい機会かもしれませんよ。ハードウェアを語るだけでなく、新しい使い方であり、主張であり、もしやそこには良質な自動車SFが生まれてもいいのかもしれないとすら思いますね。

神尾 極論を言えば、そこに愛があるかないかだと思う。「余暇屋」としては、これからもクルマやバイクを楽しんでもらえる道標を作り続けなければいけない。それには愛を貫く勇気が必要なんだよ。ときに辛辣になっても愛を持って発信していくことが何よりも大切なんじゃないだろうか。

▶︎google/自動運転車 異業種からの参入にも注目。自動運転技術の開発に力を入れているgoogleは、ハンドルもブレーキペダルもないオール自動運転のクルマで、すでに約160万㎞以上も公道を走行している。

▶︎メルセデス・ベンツ/future truck 2025 長距離ドライバーの負担を減らすため、大型トラックの自動運転開発も進んでいる。自動運転中に、リラックスしながら事務作業をこなすなど、トラック運転手のイメージや役割も変わりそうだ。

▶︎メルセデス・ベンツ/F015 Luxury in Motion 一体形成型で継ぎ目のないボディ、フロントとリアには大きなLEDパネル。独特なプロポーションのこちらは、実用化が最も近いと言われるメーカーの一つ、メルセデス・ベンツによる自動運転リサーチカー。

▶︎手放し運転 かつては手放し運転を問題視していた国土交通省や警察の風向きも変わってきている。デモ走行での手放し運転を容認し始めるなど、政府も開発を後押ししている。

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まとめ:まるも亜希子/Akiko Marumo
エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集者を経て、カーライフジャーナリストとして独立。ファミリーや女性に対するクルマの魅力解説には定評があり、雑誌やWeb、トークショーなど幅広い分野で活躍中。国際ラリーや国内耐久レースなどモータースポーツにも参戦している。

小沢コージ/Koji Ozawa
雑誌、ウェブ、ラジオなどで活躍中の “バラエティ自動車ジャーナリスト”。自動車メーカーを経て二玄社に入社、『NAVI』の編集に携わる。現在は『ベストカー』『日経トレンディネット』などに連載を持つ。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、トヨタ iQなど。 

神尾 成/Sei Kamio 
1964年生まれ。神戸市出身。新聞社のプレスライダー、大型バイク用品店の開発、アフターバイクパーツの企画開発、カスタムバイクのセットアップ等に携わり、2010年3月号から2017年1月号に渡りahead編集長を務めた。現在もプランナーとしてaheadに関わっている。