レッドブルエアレース 室屋義秀はなぜ勝つことができたのか?

アヘッド レッドブルエアレース

※この記事には広告が含まれます

2016年6月5日、究極の3次元モータースポーツ、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの日本大会で日本人パイロット室屋義秀が優勝した。最後まで気が抜けないレースだった。決勝戦で最後にフライトしたマーティン・ソンカは中間のラップタイムで室屋を一時上回る見事なフライトを見せ、あわや逆転優勝かと思われたほど。最後に僅差で室屋が勝ったとわかった瞬間、会場に詰めかけた5万人が歓声をあげたのである。

text:後藤 武 [aheadアーカイブス vol.164 2016年7月号]
Chapter
参戦当初はまったく勝負にならなかった
遂に新型機の導入 それでも勝てない日々

参戦当初はまったく勝負にならなかった

Photo : Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool
レッドブル・エアレースは世界から集められたトップパイロット達が世界中を転戦。総合ポイントで年間チャンピオンを決定する。室屋がこのレースのパイロットに抜擢されたのは2008年のこと。翌2009年には6位入賞を果たした。しかしこの頃、室屋は自分が優勝どころか、上位に入賞することも難しいと言っていた。最大の要因は機体のパフォーマンスである。

エンジンのチューニングが許されていたこの当時、トップのパイロット達はエンジンと機体の両方を徹底的にチューニング。室屋の機体とは圧倒的な性能差があった。

2011年から2013年の休止期間を経て、2014年にエアレースが再開した時、レギュレーションが変更されてエンジンとプロペラが統一されることになった。これで室屋とトップの差は縮まったかに思えたが、蓋を開けてみればまだ開きは大きかった。機体自体のポテンシャルが追いついていなかったのである。

この時、室屋が使っていた機体はエッジ540V2(V2はバージョン2の意味)。対してトップパイロット達が使っていたのはV3。つまり一つ新しい機体だった。エアレース機で勝つことを考えて設計されたこの機体は一見するとV2と同じように見えたが空気抵抗が少なく、圧倒的に軽量だった。

エアレースには最低重量があるため軽すぎてもバラスト(重り)を積まなければならないのだが、V3なら重りの代わりに様々な計測機器が搭載できるし搭載位置を変えて重心位置を最適な場所に持ってくることもできる。エアレース機の重心位置はクルマやバイクとは比べ物にならないほど重要だ。

例えば機体先端が10‌㎏重かったとしよう。直線では大した差ではない。しかし急旋回で10Gがかかれば機体の先端が100㎏重いのと同じことになってしまう。機首に100㎏の重さがかかってしまったらまともに引き起こすことさえできない。

V3との差は大きかった。1分少々のコースを飛んでV2と比較すると2秒もの差がつくと言われていた。クルマやバイクのレースで考えればこの差がどれだけ大きいか分かるだろう。室屋がここで凄かったのは焦らなかったことだ。数年後に必ず勝つ。だから今は準備期間と考えてじっくりと準備を整えていったのである。

遂に新型機の導入 それでも勝てない日々

Photo:Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool
室屋がついに念願の機体、V3を手に入れたのは2015年である。日本で初めてレッドブル・エアレースが開催されることになり、その大会に間に合うように機体が準備された。空気抵抗を減らすパーツも同時に開発が行われ、レース直前に取り付けが行われた。

セットアップや機体への完熟が充分でないまま挑むことになったレースだったが、室屋はそんなハンデを感じさせず、ラウンドオブ14でファステストタイムをマーク。初優勝かと周囲を期待させた。しかしレースはそれほど甘くなかった。

次のラウンド・オブ8で旋回がきつすぎ、規定の10Gをオーバーしてしまったのである。機体の速度と旋回性能が上がったためだった。オーバーGのペナルティを受けるとタイムアタックを中止しなくてはならない。こうして室屋は7万人の観衆が見守る中、最初のラウンドで敗退することになってしまったのである。

その後も室屋は勝てなかった。勝てるはずなのに勝てない。そんな焦りが更にミスを呼んだ。ペナルティが続いて上位に入ることもできない。それでも室屋は、少しずつチーム全体を進化させていった。コースを分析してレース戦略をたてるスタッフが加わり、F1で使われている最速ラインを3次元で解析。最速タイムを出すための飛び方を導き出すようにした。

最速ラインの解析は多くのチームが行っていたが、3次元で飛ぶ機体の場合はクルマとは比べ物にならないほど複雑だ。この解析技術で室屋達のチームは他よりも進んでいた。そして室屋を支えるチーム員達の力が自信を与えてくれた。こうして2015年シーズン終わりには「勝てる」と確信できるまでになっていたのである。

2016年シーズンの第一戦、第二戦はそれでも成績は良くなかった。オーバーGのペナルティが鬼門になった。そんな中、第三戦の日本戦を迎えることになるのである。しかし対策は行われていた。今シーズンになってから続いたオーバーGの対策として計器を変え、これを使いこなす練習を行っていたのである。

勝ち抜き戦最初のラウンド・オブ14でスモークが出ないというペナルティで1秒加算されてしまった室屋。対戦相手は絶好調のピート・マクロードだった。マクロードが普通に飛んだらここで室屋は敗退してもおかしくなかった。けれどここでピートはオーバーGで敗退してしまう。次のラウンド・オブ8で対戦したポイントリーダーのマティアス・ドルダラーもオーバーGで姿を消した。

こうして4機でタイムを競う決勝戦に進んだ室屋は一人、1分4秒台を叩き出して応援に訪れた観客を歓喜させた。最後に飛んだマーティン・ソンカがコンマ1秒差まで追いすがったものの、これを退けで優勝したのである。

強力なライバル達が自滅したように見えるこのレースでは「日本戦では運が良かった」という見方をする人もいる。しかしここまでの室屋を知る人達はそうは考えない。室屋が正確なフライトでライバル達にプレッシャーを与えたからこその結果だった。自分の力で運も呼び寄せて勝利したのである。

Photo : Samo Vidic/Red Bull Content Poo
▶︎レットブルエアレースは世界中から集まった一流のパイロット達により速さを競う究極の3次元モータースポーツ。コースは空気によって膨らませられるパイロンによって構成され一機ずつタイムアタックを行う。

パイロンは機体が接触すると簡単に切れるようになっているためぶつかっても機体やパイロットへのダメージはほとんどない。また切れても数分で補修が可能になっている。エンジンとプロペラはこのレースのために開発されたもの。

全選手が同じエンジンとプロペラを使用する。そのため各選手は機体の抵抗を減らすためにカウリングや翼端の形状などで速さを追求している。今年は世界全8ヵ国で行われてシリーズチャンピオンを決定する。

--------------------------------------
text:後藤 武/Takeshi Goto
1962生まれ。オートバイ雑誌『CLUBMAN』の編集長を経て、現在は世界を股にかけるオートバイ、クルマ、飛行機のライター&ジャーナリスト。2ストと言えばこの人、と言われるほど、2ストを愛し、世界の2スト事情に精通している。
【お得情報あり】CarMe & CARPRIMEのLINEに登録する

商品詳細