femme特集 しなやかに、そして したたかに。犬と生きる英国人女性エリザベス・オリバーさん

アヘッド 犬と生きる英国人女性エリザベス・オリバーさん

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大阪で、動物たちの保護活動を続けている一人のイギリス人女性がいる。来日して40余年。70歳を超えてなお、愛車のランクルを自在に操り、精力的に動き回る。動物保護活動というライフワークに取り組み続けるエリザベス・オリバーさんを訪ねた。

text:村上智子 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.115 2012年6月号]
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犬と生きる英国人女性エリザベス・オリバーさん

犬と生きる英国人女性エリザベス・オリバーさん

▶︎エリザベス・オリバー
来日から40余年。大学講師の傍ら仲間とともに始めた動物保護の活動だったが、阪神淡路大震災を切っ掛けに、活動に専念。大阪郊外にシェルター(ARK)を設立し、400あまりの動物を保護している。緑のあふれる敷地内には犬・猫のみならず、あひる、うさぎもいる。彼女の愛情は、動物だけではなく、花や木、人にも公平に注がれている。www.arkbark.net


高速を降りて道路と建物の密集地帯から抜け出し、大阪を北へ北へと進んでいく。景色が瓦屋根へと変わり、やがてその数も減り、田園の占める割合が大きくなってきた。京都府との県境に位置する、大阪府豊能郡能勢町。この自然に囲まれた地に、動物保護団体「ARK(アーク)」の施設がある。

「Nice to meet you!」
犬の鳴き声とともに出迎えてくれたエリザベス・オリバーさんは、想像よりも小柄で穏やかな雰囲気に包まれた女性だった。長い間、大学で英語講師を務める傍ら、自宅を拠点に個人的に動物を保護してきたが、阪神淡路大震災での被災動物救助を機に活動に専念。今では約30人のスタッフとともに犬や猫などおよそ400匹の動物をケアする組織を率いる。

「まずは、施設を案内しましょう」と導かれた中の様子は、想像していたよりハッピーな空気が流れていた。動物たちは繋がれることなく、十分に動き回れる空間を与えられ、床はキレイに掃除されている。スタッフたちが毎日、散歩、餌やり、掃除を行っているため、臭いもほとんどない。

「もう20年以上になるかしら」という、修理跡の残る頑丈そうな木製犬舎や未だ輝きを放つ金属製の檻が、動物たちとの接し方を物語っている。
そして犬舎や猫舎の周りを彩るのは、趣味のガーデニング。「人も動物もリラックスするためには絶対に必要よ」と、手塩にかけて育てた庭について嬉しそうに熱心におしゃべりする姿に、私の中にあった動物愛護活動家についての凝り固まったイメージが剥がれ落ちていった。同時に、異国の地である日本で、彼女がなぜここまで身を投じて動物たちを救おうとするのか、その心を知りたいと思った。
エリザベスさんは、動物好きで行動的な、男勝りな少女だった。「クルマには、男も女も関係ないから」と17歳で念願の免許を取得、初めて乗ったクルマはモーリス・マイナーのオープンカーだ。大学生になると、ヒッチハイクの旅を経て、ヨーロッパからインドまで女友達とミニでの冒険旅行を敢行する。「地図は役に立たなかったし、砂漠では前が見えなかったし、クルマごと雨に流されたことも…」と笑う。

紛争地帯のすぐ傍を通り、山を越え、砂漠を抜けるその旅は後から考えるとあまりに危険だった。でも好奇心には逆らえなかった。「どこがより良き場所か。それを知るためには、いろいろな場所を自分の目で見て、知るしかない。だから旅はとても大切なこと」と言う。旅で学んだことを一つ上げるとすれば? と聞くと、「自立心・独立心」と答えた。機械音痴だった2人は、旅の終わるころにはタイヤ交換はもちろん、ちょっとした修理ならできるようになっていたというから、確かに旅は独立心を養ってくれるのだ。

愛車の古いランクルのギアをスムーズに操作しながら、「クルマの基本はMTよ。雪道でも、どんな道でもコントロールできる。ATに乗るのは、クルマのコントロールを覚えてから」。どんな時も状況を把握して、自分の力で乗り越えたい。自立心の確立した女性にしか言えない言葉だ。

数々の冒険を経て、結局、当初の目的地に行き着けなかった彼女がかわりにたどり着いたのが日本だった。エリザベスさんは、日本でペットが置かれている現状に驚き、自然と動物たちを保護し始めることになる。
そもそも、日本人と、イギリス人であるエリザベスさんとでは、動物や自然に対する向き合い方が違う。日本人の場合、自然や動物とは互恵関係を保ちながらなんとなく共存してきたところがあり、主体となって働きかけようという概念が弱かった。

一方のヨーロッパでは、17世紀~18世紀にかけ理性や知識によって自然や動物を把握していこうという動きが生まれている。良い悪いは抜きにして、それぞれのペットに対する考え方の違いは、そうした文化的背景の違いに影響されてきたと言える。

「イギリスでは、基本的に家の中で飼いますし、鎖でつなぎません。外でつながれた犬は一人ぼっちで寂しいからつい吠えてしまう。満足に動けない、かまってもらえないストレスから攻撃的になる。結果的に社会性が養われないことが多いんです」。昔ながらの日本の犬の飼い方を否定された気がしてショックだったが、理由を聞けばうなずける。

イギリスですら、今の動物保護水準までたどり着くのに約200年掛かったというから、今の日本で、と考えるとどれくらいの時間が掛かるのだろう。しかしエリザベスさんの情熱はぶれない。自身を分析して曰く「私は頑固だし、とっても粘り強い性格だと思う」。
虐待の疑いがあると聞けば自ら出向き説得、問題が解決するまで決して投げ出さない。警察や公的機関にも働きかけ、被災地の動物保護にも率先して取り組む。最初は友達同士で始めた保護活動だったが、地道かつ実行力のある内容によって、ARKは多くの支援と注目を集めるようになった。期待と信頼の大きさを損なわぬよう、お金の管理にも細心の注意を払っている。「支援いただいたお金は、一円まで公開しています」。

そして今、エリザベスさんは、次の壮大な夢(プロジェクト)に向かって進んでいる。それは、兵庫県篠山市の約7千坪の広大な土地に、日本で初めての本格的な動物保護施設を作ること。あるがままの自然が残っている、動物保護にふさわしい土地を見つけるために、何年間も探し続けやっと見つけた場所だ。より多くの動物たちを助け、人も動物も一緒に楽しめる空間を目指している。

現在は水道管や電気ケーブルといった基礎工事に取り掛かっている段階で、建物などの完成はまだまだ先だ。けれど「絶対にこれは必要」と、早々とガーデニングに手を付け始めているのがエリザベスさんらしい。自分にとって何が必要かをこの人はちゃんと知っている。

「大きなことを一気にやっているように見えるけど、実際はステップ・バイ・ステップでようやくここまで来たのよ。時には、少しギャンブラーなところもあるけれど」といたずらっぽく笑う。
エリザベスさんにとって情熱と愛情を持って活動し続けるのは当たり前のこと。彼女のすごさは、かといって感情に流されず、現実をきちんと見据えて対処できることだ。

救いを求める動物の多さを前に、自分たちの能力の範囲でできるのはどこまでなのか、どのペットから救うべきかを冷静に見極めること。「これをしなければどうなるか」と現実を見つめた上で、必要であれば辛い決断もすること。おそらく、避妊・去勢手術、マイクロチップ、安楽死など、日本人ならためらいそうなこともその中に入るだろう。

自分の目指す目標にはどこまでも忠実。しかし目的を達成する手段に関しては柔軟。時には押すが、引くことが必要と判断すれば時期を待つこともできる。しなやかで、ときにしたたか。エリザベス・オリバーさんはやはり、サッチャー首相やエリザベス女王を生んだ国の女性なのであった。
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