飛び出せベスパ 〜第1回 スクーター・イタリアーノミーティング

アヘッド スクーター・イタリアーノミーティング

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初夏の陽気を感じさせる5月最後の日曜日。お台場の大きな駐車場の一画で、エンジン音がのどかな空気を震わせる。パイロンで仕切られた特設コースを、スクーターのベスパがウィリーしている! スクーターでウィリー? しかもウィリーしているのは、ハッピをデザインした革ツナギを着た新垣敏之。元GPライダーである。

text:ahead編集長・若林葉子 [aheadアーカイブス vol.127 2013年6月号]
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飛び出せベスパ 〜第1回 スクーター・イタリアーノミーティング

飛び出せベスパ 〜第1回 スクーター・イタリアーノミーティング

ベスパとウィリー。ベスパと新垣氏。あまりの意外な組み合わせに、集まった観客は大喜びだ。

この日行われたのは、ピアッジオ・グループ・ジャパンが主催する第一回スクーター・イタリアーノミーティング。ベスパの輸入販売が同社に移管されて初めて、かつ最大のイベントであることから、ユーザーからも業界からも注目されていた。

1946年にイタリアで誕生したベスパは、オートバイという乗り物のイメージを一変させた。女性にも大きくアピールし、それまでは男性の後ろに“乗せてもらう”だけだった女性が自らハンドルを握るようにもなった。『ローマの休日』のアン王女がベスパを運転するシーンはあまりにも有名だ。数多くのスターをも虜にし、世界中に輸出されて行った。

そう。もともとベスパは多くの人に受け入れられる素地を持った、誰にとっても身近な乗り物なのである。しかし日本でのイメージは、ヴィンテージやモッズ仕様のベスパに見られるようにどちらかというと“マニアが好む乗り物”だった。インポーターもそこに焦点を当ててマーケットを形成してきたと言っていいだろう。

「これまでベスパはマニアの人だけが愉しめる世界でした。もちろん、マニアの人が愉しめるという事実は、その製品がそれだけ深い世界観を潜在的に持っているということであって、大切なことなんです。でもベスパはそろそろそこから脱却して、もっと多くの人に受け入れられるべき段階に来ていると思います。僕は閉じている世界をオープンにしたいんです」

そう語るのはピアッジオ・グループ・ジャパンの新井文雄社長。これまでBMWジャパン、アルファロメオ・ジャパン、GMジャパン、トライアンフジャパンなどで実績を積んできた新井氏は、「閉じている世界をオープンにし、どうやったら多くのお客様に喜んでいただけるかを本気で考え、実践すること」が何より大事と言う。

GPライダーがベスパでウィリーする趣向は、「ベスパはいろんな楽しみ方ができるんですよ」ということを伝える最初の試み。

オートバイの世界は趣味性が強いだけに、ともすればどんどん深く、どんどん閉じて行きがち。

四輪の世界を経験した新井社長だからこそ見えているもの。それが今後ベスパの世界をどう広げるか。楽しみである。
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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
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