2輪部門、日本人初表彰台を目指せ!伊丹孝裕のPIKES PEAKへの挑戦 vol.5

2輪部門、日本人初表彰台を目指せ!伊丹孝裕のPIKES PEAKへの挑戦 vol.5

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そうやってザワザワとした期待感がウェーブのように伝播し、興奮が最高潮に達しようとした瞬間、コーナーの向こうから、ヌッと巨大なグリルが顔を見せた。強烈な風圧を感じたのも束の間、その身をよじるようにして、一瞬でその先のコーナーへと消えていった。
 
〝ビッグリグ〟とは、「マイク・ライアン」がドライブする巨大なトラクターヘッドの別称だ。
 
レースとはかけ離れたボディに、14000㏄、2400馬力という途方もなく巨大なターボ&スーパーチャージャーエンジンを搭載。レーシングマシンさながらに作り変えられ、決して広くはないワインディングを全開で駆け登る。
 
その姿といい、音といい、あまりのインパクトに誰もが感嘆を越えて大爆笑。そして、満足気だ。それもひと段落すると、エントリーリストとビールを片手に次の車両に目星を付け、再び盛り上がるきっかけを待つのである。
 
一事が万事そんな調子だった。車両がコースアウトしたと聞けば、みんなで一斉に助けに行き、バーベキューの準備ができたとなれば、周りにいるひとたち全員にふるまう。転倒やトラブル、天候のせいで、どれだけスケジュールが遅れようとも誰も文句を言わず、すべての出来事、すべての時間を楽しむ術を心得ているらしい。
 
もちろん閉鎖的なところなどかけらもなく、プジョーワークスと共にフランスから乗り込み、圧倒的な物量とスペックで予選から他を圧倒してきた「セバスチャン・ロウブ」にも、ビッグリグと同じ大声援を送る。スタイル、走り、パフォーマンス…。それが何であれ、観客の心を掴んだ車両やドライバー、ライダーには、おしみない拍手と声援が送られた。その様子は傍目にもちょっと感動的ですらあった。
 
筆者は、2輪部門のエントラントだったにもかかわらず、ワケあって日がな一日、コースサイドでのレース観戦を余儀なくされることになったのだが、タイムアタックに失敗した者にさえ敬意が払われる。
 
今回、その敬意が肉やシチュー、ジュースにビールとひっきりなしに運ばれる飲食に取って代わり、少しでも自分ひとりで何かしようものなら、コースの反対側からでさえ、「Are you OK?」「You have drink?」とおせっかいな声が飛ぶ。
 
こちらの都合なんて考えずに、どんどん入り込んでくるアメリカ人の開けっぴろげな雰囲気に染まり、自分の心もオープンになっていくのが感じられた経験は新鮮だった。
 
あまりのサービス攻勢に、最後にはいい加減うんざりしていたものの、同時に「これじゃ来年も来ないわけにはいかないよなぁ」とも感じていたのだ。

そんな風に雰囲気は極めてローカルながら、レースの正式名は「パイクスピーク・インナーナショナル・ヒルクライム」と言う。実際、エントラントにはアメリカの他、フランスにイタリア、ドイツといったヨーロッパ勢も多く、日本も一大勢力を築いている。
 
レース形式は山間のスタート地点から標高4301mのゴール地点を目指して一気に駆け上げるタイムアタック方式で争われる。言わば〝山登り最速決定戦〟ともいうべきシンプルさ。そして、それを変えることなく初開催の1916年から現在に至っている。
 
コースも昔ながらだ。現在は路面こそ舗装されたが、あとは木々も岩肌も雪もほとんどが自然のままで、97年もの間、そこに集う人々だけが移り変わってきた。例えるなら田舎の祭りが持つ雰囲気に近く、運営もすべて地元の有志から成り立ち、ひとつの山とその周辺ですべてが完結しているのだ。
 
一方、車両に関しては時代と共に様子が変わってきている。通常、モータースポーツには多くのレギュレーションが設けられ、その中で競争されてきた訳だが、それは既存の枠にない車両やエンジンの開発はしづらいことを意味する。
 
しかし、パイクスピークにはその枠自体がないのだ。もちろん、2輪にも4輪にもエンジンや年式、スタイルによっていくつかのカテゴリーとレギュレーションがあるものの、その枠組みに当てはまらないものは〝オープン〟や〝エキシビジョン〟といった、事実上なんでもありのクラスに振り分けられ、自由な開発が認められている。
 
結果、ロウブを擁して完全ワンオフのパイクスピーク用スペシャルマシンを作り上げたプジョーやオリジナルEVに乗るモンスター田嶋、あるいは自社製品の先行開発の場としてこの地を選んだ三菱ワークスなど、それぞれのスタンスで技術の粋を集めた車両が見られることの意義は大きく、そこにギスギスとした閉塞感がない。
 
そして、ドライバーやライダーは皆、リスペクトされる存在であり、そこに挑んだ者はその日一日のヒーローになれるのだ。自由で健全なモータースポーツ。字面で見ると空々しく、ましてや歴史があればあるほど維持していくことが困難なこうした理想が、パイクスピークには残されているのである。

次回、筆者のパイクスピーク参戦の顛末を書こうと思う。

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text : 伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

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