デジタルライテク元年

アヘッド デジタルライテク

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2輪用の電子制御システムは、スポーツライディングを愛するライダーにとって無用の産物だと思われていたが、システムの進化によって状況は変わってきている。その進化は、ライディングテクニックにまで、影響を与え始めているのだ。

text:丸山 浩、世良耕太 [aheadアーカイブス vol.146 2015年1月号]
Chapter
デジタルライテク元年
ハイテクを極めたF1の現状

デジタルライテク元年

今、バイクのライディングテクニック(ライテク)に変革の波が訪れようとしている。そのキーとなるのが電子制御システムであり、それを具体化したのが2015年にモデルチェンジする「BMW S1000RR」だ。

これまで2輪の電子制御は4輪に比べ進化が遅かったように思う。10年以上前から2輪用のABS(アンチロックブレーキシステム)は存在してはいたが、標準採用されていたのは大排気量ツアラーなど、限られた車種のみだった。

装置の重量やスペースの問題もあったのだが、主たる原因は、2輪を走らせること自体が操縦者のテクニックに依存する点にあった。2輪は常にバランスを取り続けなければならないその特性上、電子制御の精度がライダーの制御テクニックを超えるレベルに至らないと、むしろネガとなるからだ。特にスポーツカテゴリーにおいては、最近まで無縁のシステムだった。

市販のスーパースポーツモデルで初めてABSを採用したのは2009年のホンダCBR1000RRだったが、これを皮切りにトラクションコントロール(トラコン)の普及も進み、今では各メーカーの殆どのスーパースポーツモデルに搭載されるようになった。

しかし当時は、あくまでも200馬力に迫る強大なエンジンパワーと、ストック状態でゼロヨン10秒台前半を出すほどの加速性能に対する安全装置としての役割が強く、レースシーンではレインコンディションでのみ効果を発揮する程度だった。
サーキットでタイムを狙うには、タイヤの持つグリップ力の限界ギリギリか、やや超えた領域を使う必要がある。それには僅かなタイヤロックや空転状態も伴うため、そうなる以前に収束させようと介入してくる電子制御は障害にもなる。

ブレーキは詰められないし、立ち上がりでは前に進まないのだ。転倒こそ防げるかもしれないが、これでは本末転倒である。結果、当時のトップカテゴリーのレースは電子制御をキャンセルするのがあたりまえで、他社に先駆けてトラコンを採用したBMWも例に漏れずだった。

だが、2015年型のBMW S1000RRは、電子制御システムをさらに追加して登場してきた。トラコンとABSに加えて、路面からの入力強度に応じてダンピングを自動調整するアクティブサスペンションや、その作動レベルをコーナーごとに指定できるGPSロガー、それにバンク角を確認できるバンクアングルモニター、そしてオートシフターといった具合だ。

しかし注目すべきはそれらのコントロール精度が高い次元に昇華されているところだった。

テストの舞台となったのはスペイン南部に位置するモンテブランコサーキットだ。全長は約4.5㎞で、主にテスト走行で利用されている。

これほど広いコースでも、199馬力まで引き出された2015年型のBMW S1000RRのパワーは持て余すほどで、一度アクセルを開ければ延々とフロントが地に付かない。そして800mはあろうかと思われるホームストレートエンドでは、300㎞/hに迫る速度域からフルブレーキ、フルバンクへと移行する。
ここで気付いた。ABSを切らない状態でも違和感が無い。他のどのブレーキングポイントでもそれは変わらず、後からデータをチェックして初めてABSの介入を知ったくらいだ。

トラコンについてもそれは同様で、容易にウイリーも出来る最も介入の少ないマッピングモードでは、立ち上がりでのリアスライドも可能になった。例えギャップを超えても破綻せず、かつ出力を落とし過ぎることもなくスライドを維持できる。明らかに前モデルと比べてコントロール精度を上げているのだ。

そしてBMWの自信のあらわれか、試乗会にはレーシングスリックを装着した車両も用意されていた。アクティブサスペンションを装備された2015年型のBMW S1000RRは、スリックタイヤでのアタックにも十分応えてくれた。

同時に他の電子制御も、レーシングレンジまで不足なくついてくる。従来はスーパースポーツといえども、ストック状態でここまで高い戦闘力を持たせることは出来なかった。

それには公道走行への対応という市販モデルにとって極めて重要なメソッドが足枷となっていたからだ。しかし電子制御により、バイクのキャラクターをシチュエーションに合わせて自在にコントロールできることで、その足枷を取り払うことに成功したのだ。
なかでも驚かされたのが、シフトダウン時の自動ブリッピング機構が備わったオートシフターだ。2輪は通常、右手でアクセルとフロントブレーキレバーを、左手でクラッチレバー、右足でリアブレーキペダル、そして左足でシフトペダルを操作する。

特にシフトダウン時は忙しく、減速Gに負けないよう体を支えながら、これらの全てを同時に操り、4輪で言うところのヒール&トゥーを行わなければならない。しかしこれがブレーキとシフトペダルのみの操作で済むことになるシステムなのだ。

さらにトラコンとABSとの相乗効果で、バンク中ですら、常時噛み合い式ミッション特有の強い変速ショックを気にせずにギアチェンジできるのだからライダーの負担は激減する。酷暑の中を延々と全力で走り続ける鈴鹿8耐などでは、この機構は大きなアドバンテージになるだろう。

これまで私は電子制御に頼り過ぎるとライテクの質が落ちると考えていた。しかし、自分のテクニックを電子制御が補えることを知って、その考えは一転した。今後の電子制御の進化は、ライテクの進化を加速させるだろう。

例えば、今まで膨大な集中力を割いていた操作系のコントロールを電子制御に任せれば、ライダーには大きな余裕が生まれる。その余剰分を車体姿勢のコントロールに注いだなら、さらに深いバンク角で速いコーナーリングも追求できるはずだ。
▶︎現代の2輪の最高峰レースであるMotoGPは、電子制御の効果や、タイヤ性能の向上により、ヒジを擦りながらコーナーリングするスタイルが主流である。レーシングスーツには、ヒザのスライダーに加えて、ヒジのスライダーも装備している。写真のライダーは、2013年・2014年と連続でチャンピオンを獲得したマルク・マルケス選手。


その最たる例が、モトGPでの驚異的なライディングだろう。卓越したライダーのテクニックと進化した電子制御の性能が合わさって、想像を超えるライディングを可能にしている。人の能力だけでは成し得ない、新たな次元へとライテクは突入しているのだ。

但し、電子制御を前提にしたライテクは、それを失った途端に通用しなくなることも忘れてはならない。現に、GPに電子制御が台頭する以前から最高峰クラスを走り続けているバレンティーノ・ロッシでさえ、電子制御を解除した途端に転倒を喫している。

つまり素のマシンを操るライテクと、それでは到達できない領域に突入した電子制御を前提としたライテクとは、異なるものになりつつあるのだ。電子制御の発達は、さらにこの差を明確にしていくだろう。

もしかしたら近い将来、公道でも電子制御システム限定免許みたいなものが登場してくるかもしれない。今ライテクはそれほどまでに、大きく変貌を遂げようとしている。

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text:丸山 浩/Hiroshi Maruyama
1985年に二輪でデビュー。国際A級ライダーとして全日本ロード、鈴鹿8時間耐久レースなどに参戦。4輪においても、スーパー耐久シリーズに自らのチームを率いて出場するなど、二輪・四輪の両方で活躍してきた。約4年前にガンを患うも乗り越え、現在も精力的に活動している。

ハイテクを極めたF1の現状

アウディは2014年10月にホッケンハイムで行われたDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)最終戦で、あるデモンストレーションを行った。自動運転技術を搭載した無人のRS7に、サーキットを周回させたのだ。それも、レーシングスピードで。

現代の技術をもってすれば、F1にその技術を転用することは可能である。ドライバーはあたかも、自分で運転しているようにふるまえばいい。他車と接触しそうになったらレーダーやカメラが感知し、回避してくれる。

そうなってはドライバーの存在意義が薄れてしまうので、F1は制御系に関するハイテク技術を排除する方向だ。意外にも、F1はローテクの固まりなのである。F1も乗用車と同じように、昔はマニュアルトランスミッションで変速を行っていた。

フロアで操作していたシフトノブをステアリング裏のパドルに置き換える動きが出てきたのは1980年代終盤から90年代初頭にかけて。その後、自動変速や無段変速に進化しそうになると、F1のルール統括団体は先手を打ち、規則を変更してそれらの新技術を導入できないようにした。

アクティブサスペンションが出てきては禁止し、トラコンが出てきては使えないようにした。パワーステアリングは搭載してもいいが、電動式を認めると可変制御などがしやすくなるので、油圧式しか認めていない。ハイテク制御はドライバーの技量の差を隠す。だから禁止するというのがF1のスタンスだ。

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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
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