マン島に勝利するための「無限」製EV

アヘッド 無限 EV

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「ゼロから何かを生み出そうとする気持ちを忘れちゃいけない。だからやるんです」と、無限(M-TEC)の勝間田聡エントラント代表は言う。彼らが作り上げた電動レーシングバイク「神電・貳(シンデン・ニ)」の試乗会が開催された筑波サーキットでのことだ。

text:伊丹孝裕 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.134 2014年1月号]
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マン島に勝利するための「無限」製EV

マン島に勝利するための「無限」製EV

その車両に搭載されたバッテリーやモーター技術の将来的な転用の予定、あるいは市販化の可能性など、先々の目論みを聞きたかったため、端的に言えば、「なぜ、これを作ったのか」という問いかけに対する返答だった。

車両の実走テストを務めてきた元ホンダワークスライダーの宮城光氏もまた、「次世代のために、みんながやりたいことを詰め込んだバイク。

こんな風にまったくの白紙から、しかも何も流用せずに完全オリジナルのバイクを作るなんて、そうそうできるものじゃない。それぞれが描く高い理想や目標があったからこそだと思う」と、開発スタッフの高いモチベーションを評価する。

そもそもこのプロジェクトは、2009年にマン島TTレースで初開催され、現在では「TTゼロチャレンジ」と呼ばれるクラスに端を発する。その名称は、CO2の排出がゼロであることに由来し、ガソリンを燃焼させないクリーンなレースを目指して新設された。 つまり、車両はもちろん、レース自体が白紙からのスタートだったのだが、無限はそこに名乗りを上げたというわけだ。
▶︎一般的なバイクではガソリンタンクのある場所にバッテリーが収まる。初代神電からは約20kgの軽量化を達成し、タイム短縮に貢献。フレームやスイングアームなど、車体周りはすべてカーボンで構成されている。


思えば、かつてのマン島TTレースは、こうした新技術の開発最前線だった。

コース全長は60㎞におよび、コーナー数は約230ヵ所、高低差は400mを越えるハイスピードコースゆえ、車両には絶対的なパワーはもちろんのこと、パーツの耐久性や信頼性など、高い総合性能が求められてきたからだ。

ところが、'70年代に世界グランプリから外れたことや、近年では市販車ベースのレースが主流になっていたこともあり、その意義が薄らいだ。そんな中、TTゼロチャレンジがスタートし、まったく新しい動力源を持つプロトタイプ車両が続々とこれに参戦。しかも、環境性能を強く意識した次世代のレースということも手伝って、再び開発競争の場として世界から注目されるようになったのである。
▶︎エンジンの場合、クランクやフライホイール、カムシャフト、ミッションといった様々なパーツが回転運動し、ジャイロ効果を生み出す。それが安定性と同時に抵抗にもなるが、電動にはそれがなく、ハンドリングは軽い。


無限の挑戦は'12年からだ。

初参戦のその年には「神電」を、そして翌'13年には、より進化させた「神電・貳」を送り込み、それぞれ2位でゴール。特に昨年は、優勝したアメリカのモトシズ社のタイムに遅れること、わずか1・6秒という僅差でゴールし、その技術が世界最速の座に限りなく近いことを証明してみせた。

今回、そんな最先端の電動レーシングバイクに乗れることになった。

まず、バッテリーやモーター駆動による静粛性はもちろんのこと、そこからもたらされる上質な加速フィーリングが印象的だった。

神電・貳の電動ユニットは、600㏄クラスのスポーツバイクと同等の122psという最高出力に加え、最大トルクは2000㏄クラスの4輪並の220Nmを発揮。結果、マン島TTのコースでは、その車体を時速240㎞オーバーにまで押し上げている。

決して広くはない筑波サーキットでは、やや緊張感を伴うスペックだが、あまりにスムーズなため、ライン取りに意識を集中できたほど、フラットな特性を見せた。

一方、車体をバンクさせる瞬間やコーナーを切り返す時の鮮やかな動きは、コーナリングをウリにするスーパースポーツを凌ぐ軽やかさで、その車重をまったく感じさせないことに驚かされた。

すべてにおいて、抵抗やロスが最小限でダイレクト。ギアチェンジや変速ショック、エンブレからも解放されているため、挙動に無駄がなく、慣れるに従って操作のテンポがどんどんリズミカルになっていく過程は、新時代の到来を予感させるひと時だった。
▶︎ライダーを務めているのはイギリスのジョン・マクギネス。マン島TTでの優勝回数はこれまで20勝という現役最強ライダーだ。TTゼロチャレンジでは2年連続2位。3年目の挑戦はほぼ間違いないだろう。


やがて、バイクの動力源はガソリンではなく、電動に取って代わられていくだろう。その未来は、おそらくそう遠いことではない。

しかし、それは失望の未来ではない。なにより、走り始めてわずか2年の神電に、これほどの実用性とスポーツ性、それにエンターテイメント性があるのだ。仮に今年、それが「神電・參(サン)」という名に変わってマン島の地に送られるなら、速さのみならず、それらもまた加速度的に進化しているのは間違いない。

無限は、その挑戦によって未来を手繰り寄せているのである。

神電・貮(シンデン・ニ)
全長/全幅/全高(mm) : 2125/680/1130
軸間距離(mm) : 1485
シート高(mm):840 
車両重量(kg) : 240 
キャスター角(度):23 
トレール量(mm):96
タイヤ:フロント ダンロップ120/70ZR17 リヤ ダンロップ200/55ZR17
フレーム:カーボンファイバー製ツインスパー
モーター形式:三相ブラシレスモーター
最大出力:90kw(122ps) 
最大トルク:220N・m(22.4kgf・m)
バッテリー仕様:日立マクセル製リチウムイオンバッテリー
バッテリー出力電圧(V):370以上

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。
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