三好礼子、終わらない夏。

アヘッド 三好礼子

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2008年に取材を通して出会い、仲良くなったレイコさん。2010年のモンゴルラリーでは、私がドライバー、レイコさんがナビとして、モンゴルの大地をともに走った。その年、私はレイコさんの100kmマラソンのサポートカーを運転。——そうやって少しずつ絆は深まり、たまに会えば、少ない言葉でもお互いの気持ちが分かるようになった。

2014年夏、松本に引っ越したレイコさんに会いに行った。

text: 若林葉子 photo:渕本智信 [aheadアーカイブス vol.140 2014年7月号]
Chapter
三好礼子、終わらない夏。
「ヤギはすごいわよぉ。全てを受け入れている。 私もヤギのように生きたいわ」
「うわぁ見て、あのまあるい虹。 今日はとてもいい日だわ」

三好礼子、終わらない夏。

「自由に身体が動くのはあと10年だからね」——久しぶりに会ったレイコさんからそんな言葉が出て、私は少し驚いた。夏の代名詞のようなレイコさんでも、そんなふうに先のことを考えることがあるのか、と。

オートバイに乗れば、アルバイトをしながら1年で3万㎞を走破し、オートバイショップを経営すれば、仕事の傍ら、チームを作って鈴鹿8時間耐久レースに参戦する。オフロードが舞台となれば、パリ・ダカールラリーにオートバイで完走し、トレイル・ランニングにはまれば、ウルトラトレイル・デュ・モンブランの100マイルを走りきる。こんな女性はそうそういない。

そのスケールの大きさは日常生活でも同様で、犬の散歩に出掛ければ、「気付くと10‌㎞」歩いてしまい、ゴミ拾いを始めると両手に抱えきれないほどのゴミを集めてしまい、何をやっても寝食を忘れるほどに熱中する。いや、日常生活がそうだからこそ、とてつもなく大きな目標を達成することができる、と言った方が正しいかもしれない。1995年に東京から移り住んだ朝霧高原で、レイコさんが建てた大きなログハウスは、そこから見える風景といい、雄大な富士の姿といい、レイコさんという人間のスケールに本当に相応しい、と思ったものだった。

そんなレイコさんが、昨年末、長野県松本市に引っ越した。引っ越したいということも、その理由も、おおよそのことは前々から聞いていたので驚かなかったが、新しい場所でレイコさんが実際にどんな暮らしをしているのか。ずっと気になっていて、会いに行ったのだ。

夕方、到着すると、レイコさんは搾乳の真っ最中。ヤギのお乳を搾りながら、「若ちゃん、久しぶり」とにっこり。そう、今、レイコさんの松本での暮らしの主役はヤギたちだ。何を隠そう、ご主人の上土井良弘さんは、日本では数少ないシェーブル(ヤギ)チーズの第一人者なのだ。レイコさんは敬意を込めて、上土井さんのことをペーターとか、ペースケと呼んでいる。レイコさんはまだ搾乳を完全にマスターしていないので、今はペーターさんのもと、修行中。「私が完全に覚えたらペースケは旅に出られるのよね」

搾乳は朝夕の2回。ペーターさんは毎朝、4時半には起きている。

朝霧高原のときにもヤギはいたけれど、いろいろな条件から本格的なチーズづくりはできなかった。今回の引っ越しの一番の理由は、ペーターさんが、もう一度ヤギチーズづくりに専念できる環境を整えるための、その第一歩だったのだ。

レイコさんは多分 ——自分は十分に好きなことをやってきた。次はペースケの番、と純粋にご主人を応援する気持ちとともに、ちゃんと〝夫婦〟をやりたいのだなあと私には思えた。モンブランの100マイルレースを完走するほどのレイコさんも、昨年は予定していたトレランのレースのいくつかを取りやめるなど体調は万全ではない。

「今は静養中でもあるの」と言う。「元気で自由に動けるのはあと10年」、そう思ったとき、レイコさんは自分にとって一番大切なものを暮らしの中心に置こうと決めたのだ、きっと。

そして、決めたときのレイコさんは強い。そのためにはそれまでに手に入れた全てのものを何の躊躇もなく手放すことができるのだから。それはやはりなかなかできることではない。



ゼロから始まったばかりのペーターさんとレイコさんの暮らし。まずは夫婦二人でできる範囲でチーズを作り、希望者にお分けする。「ペーターと私では動物に対するスタンスが全く違うの。それをお互いに受け入れつつ、うまく落としどころを見付けるというのかな。そういうのがちょっとずつできつつある」

レイコさんと二人で走ったモンゴルの草原で、私は牧羊犬を轢きそうになったことがある。モンゴルの牧羊犬はとても勇敢で、クルマでさえ、そう簡単には羊の群れのそばを通してはくれないのである。あわやというところで免れたのだが、そのときのレイコさんの表情を忘れることができない。レイコさんは本当に動物の側に立っている人なのだと痛感した。今、ともに暮らすヤギたちもレイコさんにとっては「子」であり「個」なのだ。

だがペーターさんは動物を、自然というもっと大きなスケールの中の一部として捉えている。それは一頭一頭に掛ける愛情とは別の次元の話。女と男の違い、と言ってもいいかも知れない。

ひょっとしたら、と思う。レイコさんはこれまでのいろいろなチャレンジの中で、最も難しいことに取り組もうとしているのかも知れない、と。

日本一周もサハラ砂漠もモンブランも、私たちにとっては目指すことすら覚束ないような壮大なチャレンジも、案外、レイコさんにとっては自然なことなのではないだろうか。レイコさんは目標に向かってエネルギーを集中し、突き進むことは得意なのだ。むしろレイコさんにとって難しいのは、「ほどほど」。これはもうレイコさんの人生のテーマと言っていいだろう。

これまで情熱を傾けて取り組んできたオートバイやトレランや、経験してきたことの全てを、やめてしまうのではなく、今度はヤギチーズ作りのある夫婦の暮らしの中にうまく位置づけて、 まあるく生きる。そのためには「ほどほど」はとても大切。矛盾しているけれど、レイコさんは、「ほどほど」を生きるために、今、一生懸命歩き出したのだと思う。

「ヤギはすごいわよぉ。全てを受け入れている。 私もヤギのように生きたいわ」

朝霧高原から一緒に移住してきたポニーのウランちゃんはここでも元気いっぱい。生まれて間もない子やぎのモモちゃんは、とても人懐っこく、このとおり。
レイコさんの日課はヤギ小屋の掃除。もちろんお掃除も徹底的にやるのがレイコさん。畑仕事もレイコさんとペーターさんがやると、絵になる。

「うわぁ見て、あのまあるい虹。 今日はとてもいい日だわ」

Reiko Miyoshi
1957年12月生まれ。エッセイスト。18歳で日本一周バイクツーリング、29歳よりパリ・ダカなどに多数出場。1995年に朝霧高原にログハウスを建てる。今年から松本市に移転。畑に勤しみ動物たちに囲まれて暮らす、自称「自然回帰型生活びと」

YAMAHA VOLT
車両本体価格:¥899,640(税込)
エンジン:空冷4ストロークV型2気筒SOHC4バルブ 941cc
最高出力:38kW(52ps)/5,500rpm
最大トルク:80Nm(8.2kgm)/3,000rpm シート高:690㎜
家のすぐ裏の森には沢が流れている。3匹いるワンちゃんのうち、コータローを連れてお散歩に。この日は残り少なくなったシイタケを採った。写真のオムレツには刻んだシイタケが入っている。
思わず「ペーターさん、天才!」と言ってしまったほどおいしかったヤギチーズ。臭みもなく、癖もなく、何にでも合う。メープルシロップをかけただけのシンプルなデザート(上左)。アボガドとチーズのわさび醤油和え(上右)。チーズを混ぜたオムレツ(下左)。いちごのスムージー(下右)。上土井さん製作のヤギチーズ、ご希望の方は下記HPより。宅配のみ。自宅での直売はおこなっていないのでご注意を。www.fairytale.jp/reiko%27sshop/index.html

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
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