忘れられないこの1台 vol.47 シトロエンDS

アヘッド 忘れられないこの1台 vol.47

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シトロエンDS
DSはトラクシオン・アバンの後継車として1955年に生まれた。1個の油圧ポンプで送り出したオイルプレッシャーで、サスペンション、ギアボックス、ブレーキ、そしてステアリングまでもコントロールしている。

全長4,800㎜ながらホイールベースは3,125㎜もあり、さながら宇宙船のようなフォルムには今もなおファンが多い。排気量はわずか1911cc直列4気筒OHV。このプレステージ仕様は注文生産だったという。

text:堀江史朗 [aheadアーカイブス vol.124 2013年3月号]

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忘れられないこの1台 vol.47

忘れられないこの1台 vol.47

「クルマ1台分くらい後ろに下がって、斜め30度の角度から眺めたときにビシッと映る。それがいいクルマの条件なんだよ」。まだ掛け出し編集者時代、徳大寺有恒氏との同行取材時に教えていただいた言葉である。

どちらかというと僕のクルマ選びは乱暴。今まで乗り継いだクルマは100台以上もあって覚えきれないほどだ。徳大寺氏からいただいた「良いクルマの見分けかた」のアドバイスはまったく身につかないまま、手当たり次第に買い代えてきた。でもそんな僕にもクルマ選びにはこだわりがある。

それは、そのクルマを見た瞬間にビビッと興味が高まり、そしてどうしても欲しくなってしまうこと。「ビシッ」だの、「ビビッ」だの、クルマ選びは何だか宇宙人の作法のような感がなくもないが、確かに理屈で説明できない部分はあるのだ。

ただ、今まで「ビビッ」と来ないにも関わらず手に入れてしまったクルマが1台だけある。それがこのシトロエンDSだ。1959年式シトロエンDS19プレステージュ。前後席の間には手動式ガラスパーテーションが用意されている完全なショファードリブン。

運転手が頻繁に乗り換えても擦り切れないように前席は本革のベンチシート、リアは上品なモケット地。インテリアは天井以外真っ赤であった。漆黒のボディにこの内装はものすごい迫力。それが一層異様な雰囲気を醸し出していた。
 
そう、このDSは異様であった。「世の中には大きく分けて2種類のクルマがある。一つはシトロエンというクルマと、もう一つはシトロエンではないクルマだ」。カーセンサーで所ジョージさんの企画を担当していたとき、所さんの名言がいくつか残っているのだが、その一つがコレである。

何とも似ていない、何とも相容れない特別な存在。当時のシトロエンは正にそんな存在だ。おまんじゅうのようなブレーキペダル、1本ステーのステアリングホイール、立体駐車場を拒む長いホイールベース、掴みどころのないハンドリング、期待ほど素敵ではないけれど不思議な乗り心地のサスペンション、などなど。

誰かが手に入れないととんでもないことが起こりそうな気がしてきて、悪友の自動車業者にそそのかされるままに契約書にハンコを押していた。

買ってからレストアに着手。完全にバラして全塗装。内装もほぼ同じ素材をヨーロッパから取り寄せて総貼り替え。パーテーションのウッド部分は原色に近いピアノ部分に再塗装を施し、約半年という長い時間を費やして丁寧な仕事は終わった。

レストア中にシートの下などからいろいろなゴミが出てきたのだが、どれも仏語でイマイチわからない。フランスでは映画配給会社の代表が所有していたと聞いていたが、このクルマ、ちょうど「ジャッカルの日」という映画に出てきたクルマと同型である。

エリゼ宮を滑り抜ける大統領専用車。もしかしたらこいつは出演車だったのかも? そう思わせるほどのオーラがこのDSにはあった。

あの異様さを治めきれないまま、結局手放した。まだ達者なのだろうか。

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text:堀江史朗
今春3月に創刊されたOctane(オクタン)日本版編集長。株式会社リクルートにて中古車情報誌カーセンサーの編集長およびカーセンサーEDGE編集長を務める。
その間に日本カー・オブ・ザ・イヤー事務局長、副実行委員長を歴任。クラシックから最新、軽から働く自動車までとクルマの興味は幅広い。またクルマだけでなくオートバイやモーターボートなど乗り物全般に関心をもつ趣味人でもある。

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