忘れられないこの1台 vol.35 ジャガーXJ 8

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―――The ownership experience of my Jaguar was like going to a finishing school for gentlemen.(ぼくにとって、ジャガーを所有した経験は、大人になるためのフィニッシイング・スクール*だった)

text:ピーター・ライオン [aheadアーカイブス vol.112 2012年3月号]
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vol.35 ジャガーXJ 8

vol.35 ジャガーXJ 8

今から思うと、僕のクルマのチョイスはDNAのなかに刻み込まれているのだろう。スコットランド、ドイツ、イギリスの血を引いているというから、ジャガーやベンツに乗りたくなるのは、自然なのかもしれない。 「鎌倉武士だった」という霊能師がいたので、いくつかの日本車に惹かれるのは、そのせいかな。
 
‘70 年代に父がローバー3・5ℓクーペに乗り、叔父がMGBやオースティン・ヒーレーに乗り、親友のお父さんがジャガーEタイプを所有していた。僕はそれらにかなり影響されていたように感じる。
 
‘90 年代半ばから'09年まで、アウディ90、スバル・レガシィB4ターボを乗り継いだけど、ある日、渋谷の、あるコーナーからの立ち上がりで、ふとB4に物足りなさを感じた。気づかないうちに、それまでのドキドキ・ワクワク感が消えていた。クルマからもっと官能的なフィードバックが欲しくなったのだ。速さがクルマのすべてじゃない。コーナリング性能でもない。

つまり、もっと味の濃いクルマに乗りたくなった。色々考えた結果、2005年当時のやはり308型で1998式のXJ8に勝るものはないと思った。
 
僕がXJ8を買ったと知った業界の仲間たちには、「何だ、ついに大人になったんだな」とからかわれた。ま、みな言いたい放題だろうけど、僕は2005年ぐらいまでは、走り重視のクルマに酔っていたと思う。
 
僕が4年間乗った98年式のジャガーXJ8(308型)は、ジャガーがフォードに買収される前の最後のXJだった。308型は'94年に登場した300型の後続車。つまり、フォード傘下に入る前に、「ジャガーが作った最後のジャガーXJ」だったということだね。だから、美しい。
 
それに308型が出た1997年に、電気系がルーカス製から日本のデンソー製にちょうど変わったので、 全然故障もなかった。何よりも好きだったのが、XJ8の外観だね。どの角度から見ても、そのラインの美しさにため息が出る。別に女性にモテたくて買ったんじゃないけど、欧州でのある調査でわかったことは、 ジャガーは世界の女性が一番セクシーだと思っているブランドだ。
 
そして、ジャガーを所有してみると、僕の心にものすごく愛着心が湧いた。正直に言うと、それまではそういう気持ちになったことがなかった。ぼくにとって、ジャガーを所有した経験は、大人になるためのフィニッシイング・スクールだった。
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1997年に、X308型に変わってから、V12のXJ12と、V6のXJ6が消え、V8搭載(3.2ℓと4.0ℓ)のXJ8のみとなった。また、このモデルチェンジを期に、MTも廃止された。ボディ的には、旧型のX300型のスタイリングをそのまま引き継ぎながら、バンパー、テールライト、インテリアが少し変更された。

このモデルからは、電気系がルーカス製からデンソー製にアップグレードされ、ほとんど故障しなくなった。
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text : ピーター・ライオン / Peter Lyon
1960年オーストラリア生まれ。1988年から、東京を拠点にする国際モータージャーナリスト。現在、米・英・独・伊・豪などの有力誌に寄稿また、日本の自動車雑誌にも日本語で執筆中。2001年にマツダロードスター4時間耐久にレースデビューを果たし、2010年にはニュルブルグリンク24時間レースでクラス4位を獲得。InterFM「ザ・モーター・ウィークリー」にレギュラー出演中。
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