おしゃべりなクルマたち vol.42 ニホンに学んだこと

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ウチを買い替えた。新しい住まいもアパートで、広さも同じなら間取りも変わらず、おまけに元の家から徒歩5分。この引越に意味はあるのかと友人にからかわれているが、外国で暮らしているせいか根を下ろす感覚に乏しい。どこに住んでも終の住処と思えず、だから引越が苦にならない。

text:松本 葉 illust : 大塚砂織 [aheadアーカイブス vol.112  2012年3月号]
Chapter
vol.42 ニホンに学んだこと

vol.42 ニホンに学んだこと

逆に言えばどんな住まいでも中が快適であればそれで充分というわけで、そう、私の場合、ウチの中が快適であることが住まいに求める最大の条件なのだ。
 
ところが。住み始めたとたんヒューズが飛んでこれにはまいった。暖房と電磁調理器を一緒に使うと暗闇になり、洗濯機とオーブンの同時使用でブラック・アウト。早速、電気屋に見てもらったら、新居の電流は30Aに設定されていることが判明した。台所も暖房もすべて電気でまかなう、4人が暮らす家庭のそれとしては「ちょっと少ないかも知れないですね」と電気屋が言う。

我が家の消費量も適当な数値もまったく知らないのに、無闇に張り切り、早速、電力会社に電話した。電気でも水でもふんだんな方が快適だと、それだけを考えて。
 
折しもフランス全土に記録的な寒波が押し寄せるさなかのことで、「停電した地域に技術者が出向いていて、お宅のリクエストにはすぐ応えられない」と申し訳なさそうに言うオペレーターに向かって私は声を荒げた。「ウチも困っているんです」。
 
2日後、技術者がやって来た。一般家庭のアンペア数は30、45、60の3種類あって、アンペア数が上がると基本料金も上がる仕組みですと説明しながら、当然、みたいな調子で彼が「それでは45Aに…」と言う。私は待ったをかけた。「料金は構いませんから60にしてください」、これ以外は考えられない、そんなつもりで言ったのだが、今度、待ったをかけたのは技術者である。

「大切なのはモデレーション。電気の量は多ければいいというものではない。使い方を工夫することです。お宅は45Aで充分。お金を払えばいいというそういう姿勢は通用しない」。
 
この時の私は耳たぶまで赤くなっていたと思う。穴があったら入りたい、そんな気分。おまけに彼はこう続けた。「ニホンの惨事で学んだつもりでもいざ我が身のこととなると電気は使い放題、こういうヒトが実に多い。エネルギーに敏感と自慢しながら、電気自動車はスピードが出ないからご免だと文句を言う。まったくもう」。

私は目を合わせるのも恥ずかしく、俯いたまま書類を受け取り、彼を見送る。ドアを閉めてから渡された書類を見るとそれは電力会社がサポートする電気自動車の宣伝用パンフレットで、そこにはこう記されていた。『身勝手はもう通用しない』。
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text : 松本 葉 / Yo Matsumoto
コラムニスト。鎌倉生まれ鎌倉育ち。『NAVI』(二玄社)の編集者を経て、80年代の終わりに、単身イタリアへ渡る。イタリア在住中に、クルマのデザイナーであるご主人と出会い、現在は南仏の海辺の町で、一男一女の子育てと執筆活動に勤しんでいる。著書:『愛しのティーナ』『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)など。
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