クルマは自分の代名詞 花ちゃんとビートル

クルマは自分の代名詞 花ちゃんとビートル

アヘッド 花ちゃんとビートル

●池畑 浩/Hiroshi Ikehata
1964年、東京生まれ。法政大学経営学部卒業。自動車部品業界最大手のボッシュを経て、フォルクス ワーゲン グループジャパンへ。現在は広報グループに所属。「VWと言えば池畑さん」と、多くのメディア関係者に信頼され、慕われている。池畑さんとブルーのビートルとの暮らしはfacebookで覗くことができる。ビートルはまさに池畑さんの代名詞なのである。

アヘッド 花ちゃんとビートル

新製品のPRに努めるという立場ながら最新のゴルフやティグアンではなく、日常のすべてをこのクルマ1台でこなし、どこへでも出かけて行く。爽やかな水色のビートル('75年式)は、今や池畑さんの顔でもある。

とはいえ、それを狙っていたわけではない。通りがかったショップでたまたま出会い、ひと目惚れ。「1週間考えさせて」と店主に伝えていったんは帰宅したものの心が落ち着くわけもなく、翌週には購入していたという。それがおよそ8年前の春の出来事だった。

「長くVWに勤めているし、子供のころからビートルには馴染みも愛着もありました。でも、ずっと恋焦がれて探していたかと言えばそうでもなく、花ちゃんが後押ししたようなものですね」

花ちゃんとは池畑さんの愛犬のシベリアンハスキーだ。ビートルに出会う半年前、何気なくペットショップに立ち寄った時にやはりひと目惚れし、その時も一度はショップを後にしながら、結局は家に連れて帰ったという。

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そんな花ちゃんがなぜ後押しになったかと言えば、ビートルを見た瞬間、池畑さんの脳裏にあるシーンが蘇ってきたからだ。それが雑誌『ポパイ』に掲載されていた、犬を乗せてカリフォルニアの海岸線を走るビートルの姿だった。

若かりし頃に読んだ誌面の中の犬はアフガンハウンドだったが、それは些細な問題である。想像の中で膨らんだ「花ちゃんを乗せた水色のビートルを運転する自分」の姿がかつての憧れと重なり、今こそそれを叶えたいという思いが購入の大きな動機になったのだ。

実際、ビートルはすぐに花ちゃん色に染まっていった。後席は花ちゃんの専有スペースとしてドッグシートが貼られ、少しでも風通しがよくなるようポップアップウインドウに交換。

他にも肉球を模したステッカーやネームプレートなど、花ちゃんのためのカスタムが随所に施され、ドライブに出掛ける時は、あの憧れの写真のように花ちゃんが後席から顔を覗かせる。それが7年に渡って続いた、池畑さんの休日の過ごし方になっていた。

しかし今、その後席は空いている。花ちゃんは昨年の7月、病気のために亡くなったからだ。

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家族同然の存在を失った池畑さんは、ビートルの車内に残る花ちゃんの匂いを消せずにいる。後席のドッグシートは今もそのままで、ドアについたよだれの痕も拭けないまま。時折、どこからともなく出てくる体毛を見つける度に元気だった頃の姿を思い出す日が続いている。

「もちろん今でもつらいです。でも花ちゃんがいてくれたからこそ、ビートルを所有し、忘れていた夢を実現できました。犬の寿命が我々よりも早く来てしまうのは仕方がないですし、それをちゃんと受け入れて次に向かわなくちゃいけない。

それでいつかまた、新しいハスキーを迎えることがあれば、花ちゃんにできなかったいろいろなことをしてあげたい。ただし、その時もやっぱりクルマはビートルしか思い浮かばないですね」

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池畑さんの生活はビートルがやってきて以来、少しずつ変わった。クルマに合わせて服や持ち物をコーディネートするようになり、人をなごませたり、街を明るくしてくれるビートルのキャラクターを大事にしたい。そんなことを意識するようになっていった。

「画一的なカタチや色ばかりじゃ、街の風景がなんだかガサツでしょ? ビートルじゃなくても、例えばミニや2CVのような個性的なクルマが走っていればそれだけで街並がステキになる。クルマっていい意味でアクセサリー的な要素があって、自分のこだわりやスタイルを表現するためのツールだと思うんです。

確かに機能も大切ですが、ほとんど使う機会がないのに7人乗りのミニバンにするとか、本当はオープンカーやスポーツカーに乗ってみたいのに、踏み切れないで普通のクルマを選ぶというのではさみしい。

年齢とともになにかとあきらめなきゃならないことも多くなりますが、クルマが時間を巻き戻してくれたり、生活にうるおいをもたらしてくれることってあると思うんです。僕の場合は、かつての自分を取り戻そうとダイエットのきっかけにもなりましたしね。

え? そうは見えない? おかしいな(笑)」

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1台のクルマによって、生活や気持ちにハリが出る。確かにそれは理想的だが、このビートルは40年以上も前の個体だ。普通の人が普通に使うには不安も尽きないだろう。そのあたりの現実はどうなのだろうか。

「もちろん無責任に〝大丈夫〟とは言えません。僕は法政大学体育会自動車部に在籍していたので、多少の知識や経験はありますが、基本的に素人です。このクルマはエンジンも車体も生産当時のオリジナルコンディションで、特になにもしておらず、耐久性は驚くほどです。

出先から戻って来れなかったことはまずありません。もしなにかあっても直せるように必要なスペアパーツはひと通りトランクに載せています。プラグにデスビキャップに燃料ポンプ…あとは最後に頼れるガムテープ(笑) 。

一番可能性が高いのはクラッチワイヤーが切れることで、実際に数回ありましたが、1時間半もあれば直せます。構造がとてもシンプルなので壊れる要素がほとんどない。エンジンも〝よい圧縮・よい混合気・よい火花〟という基本的な条件をひとつずつ探っていけば必ず原因が見つかるし、パーツも豊富にあります。

車検や整備などできることは自分で、安全部分や重整備は信頼できるショップへ。線引きさえちゃんとすれば等身大で付き合えるのがビートルのようなクラッシックカーだと思います。なにかあっても周りからの目も優しいですしね」と事も無げだ。

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池畑さんは都心からやや離れた郊外に自宅を構えているものの、いわゆるガレージライフのようなゆとりの空間を持っているわけではない。メンテナンスは青空の下で行い、日が暮れたり、雨が降ってくれば次の週末まで作業はお預け。そんなふうに無理なく使える時間とお金と環境の中で充分に楽しんでいる。

では、広報マンとして最新のVWをドライな目で見ているかと言えば、もちろんそんなことはない。ビートル時代の設計や思想が今のプロダクツにも引き継がれていることに今でもたびたび驚かされるという。

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例えばそれは後席の配置ひとつ取ってもそうだ。ビートルの屋根は丸みを帯び、ボディ後端に向かって大きく傾斜している。それゆえ一見窮屈そうだが、5人乗っても背筋をしっかり伸ばせる頭上空間が確保されていることに加え、子供が乗ることの多い後席は、前席よりも少し高くなって見晴らしがいいなど、快適性のための工夫が凝らされている。

そして、それらは最新のゴルフやトゥーランといったモデルにも例外なく共通しているVWの信念の一端でもあるのだ。

「変化のための変化をよしとしないのがVWの美点であり、ドイツらしさです。新しいクルマが登場する度に〝人間工学うんぬん〟なんて言いますが、VWのデザイナーや設計者は、人間の感覚、行動は急激な変化に対応できないと言っています。本当にいいモノは変える必要がない。

だからVWのデザインには連続性がある。コロコロ変えるのは消費を促したいがための方便であり、設計やデザインに思想がないということです。それをあらためて教えてくれたのがビートルであり、VWです。今後電気自動車が増え、自動運転技術が進化したとしてもVWのクルマ造りの信念は変わらない。そう信じています」

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その一方で、池畑さんはなにがなんでもVWが1番、ドイツが最高だと考えているわけではない。

「クルマはその国の文化でもあるので、イタリア車やフランス車、アメリカ車などを通して、その一端に触れてほしい。そうすればもっと輸入車が増えて楽しくなる」とも思っている。

「ドイツに興味を持って、VWを選んでもらえたら、連綿と続くVWの良いところ、ドイツらしいところを存分に知って、楽しんでもらいたいですね」ビートルに乗り続けているのも、まさにこうしたドイツの文化、VWの思想を拡散する行為と言っていいだろう。

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「クラシックカーを所有することは、文化や歴史の一時預かり人になることだって言われますが、僕の場合はそんな大それたことじゃなくて、純粋にビートルの運転が楽しくて、走るたびに勉強になって、ビートルがいろいろな出会いを引き寄せてくれたんです。ならばこれからも乗り続けることでVWの楽しさ、生活を変えられるヒントがあるよってことを伝えられればいいなって思っています」

池畑さんは新型のVWに乗らない広報マンだ。しかし、VWの礎を築いたビートルをイジり、直し、乗り続けようとする姿勢は誰よりもVWへの愛に溢れ、誰よりもその本質を知っている。2年前、VWに対する信頼が傾いた時期があったが、こういうピュアな人がいるからこそ信じ、応援したくなる。そう思わせてくれる真の広報マンでもある。

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▶︎池畑氏がビートルを購入したショップ。オーナーはこの道40年で、欧州車を中心に展示販売している。宣伝は一切していないが、ディープなクルマ趣味人が自然と集まるのはオーナーの人柄ゆえだろう。フランス・シトロエンBX等の車種は特に豊富で、購入後のメンテナンスも、もちろん任せられる。マニアを唸らせるショップである。

トータルカーサービス清原店
住所:東京都東大和市清原4-10-14
TEL:042(565)6078
定休日:火曜
www.margaret-web.com/total/kiyohara.html

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

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