Rally Mongolia 2012

Rally Mongolia 2012

アヘッド Rally Mongolia 2012

切っ掛けは、ラリーを通して知り合った広島の年上の友人、麻生さん。自身が経営するバイクショップのお客さんでもあり、友人でもある陣内みさきさんをオンコース上で見守りたい。ついてはナビをお願いできないか。その話に乗ったのだった。

福岡に住む陣内みさきさんは私と同じ41歳。歯科医である。国内のラリーイベントにも積極的に参加し、林道でも修練し、モンゴルに向けて準備を進めてきた。オンナ41歳。彼女がどんな思いを秘め、モンゴルラリーへの出場を決めたのか。彼女が胸に期するものが私には分かる気がした。

アヘッド Rally Mongolia 2012

今年、ラリーは悪天候にたたられた。スペシャルステージはいくつもキャンセルになり、コース変更も1度や2度ではなかった。〝60年ぶりの〟という枕詞のつく雨は、道を押し流し、川を濁流に変え、湿地帯は沼と化した。コマ図にあるはずの道は跡形もなく、みな同じ場所で同じように道を失ったし、あるライダーは300m以上も川に流されたという。

陣内さんはと言えば、自分のペースを守りながら、時には転んだり、時には道に迷いながら何とか毎日の行程を走り切り、6日目を迎えていた。そして400㎞以上も走って迎えた夜…。苦手な砂。疲労はピーク。転んで起き上がっても50 mも進まないうちにまた転ぶ繰り返し。

行きあったメディカルカーのドクターが、一度バイクから降りて、ヘルメットを外し、休憩するように言い渡した。真っ暗な砂の上に座り込んだ彼女の横顔が忘れられない。途方に暮れるとはこういうことだ。誰の励ましの言葉も受け付けず、半ば拗ねたようにそむけた顔には涙が流れていた。

「あと何キロあるの。もう無理だよ。どうしろって言うのよ」

そう言いたかったに違いない。でも彼女はまた走り出した。

アヘッド Rally Mongolia 2012

実質的な競技の最終日となった7日目。夕暮れに無事深い川を渡り切った頃から、空が荒れ始めた。濃い灰色の雲、進行方向に稲光。あちこちに雷が落ちているのが分かる。

降り出した雨がピスト(道)を深く削り、バイクは足元をすくわれて転ぶ。気温がどんどん下がっていく。クルマの私でさえ息が白くなり指が凍えるほどの寒さだ。

追い打ちを掛けるようにヒョウが落ちてくる。それが雪になり、また雨になる。最後には激しい霧が吹き降りてきて、10m先さえ見えない。ゴールまでまだ40㎞もある。彼女は大丈夫だろうか…。場合によっては誰かがリタイアさせなくちゃいけないんじゃないか。もし次に転んだら…。心が揺れた。

でもここからの彼女は凄かった。あんなに繰り返し転んでいたのに、あの雨と霧と氷点下と思われるような寒さの中、ゴールまで一度も転ぶことなく走りきったのだった。

時にはそんな彼女の後ろ姿を見守り、時にはサイドミラーに映るバイクのライトを見ながら、私は自分自身を振り返っていた。退路を断たれ、自分で前に進むほか誰の助けも得られない。自分でハンドルを握った2010年には、私もそういう局面に立たされることがたびたびあった。

そのとき、(後から振り返ればではあるけれど)自分でも信じられないほどの力で乗り切ったのだった。もはや「頑張る」なんて意識もないほど無心に、集中して…。

アヘッド Rally Mongolia 2012

ラリーをやめられないのは、だからなのだ。もうほとんど道とも呼べないでこぼこだらけのピストの上を、激しい振動に何度も何度も頭をぶつけながら進むとき。でもその先には素晴らしいハイスピードピストが待っている。手がかじかむような寒さと激しい雨も、数日もすれば真っ青に晴れ上がる。濁流となった川も、3日も待てば水は引き、穏やかに流れ始める。

ラリーは私に人生を歩く勇気を与えてくれる。「本当によく頑張ったね」。みんなに祝福され、泣きながら「ありがとう」を言う陣内さんを見ながら、改めてそう思ったのだった。


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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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