40年の歴史を誇る日本のトップチューニングパーツメーカー TRUST とは?

トラスト TRUST(PR用)

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チューニングカーに乗っている人、モータースポーツをやっている人、その他クルマ好きなら、その名を聞いた事が無い人はいないでしょう。数々のレースやドリフト、ダートトライアルなどの競技会、そして谷田部時代からの最高速アタックで歴史を作ってきたチューニング界の名門、トラストの軌跡に迫ります。
Chapter
70年代後半-80年代前半 草創期~メーカーに負けるな!
80年代後半 次々と新しいレースへ挑戦
90年代・ル・マンへの挑戦と、GReddyフルチューンのアタック
2000年以降 GReddy35RX SPEC-Dでの華麗なる復活〜そして未来へ

70年代後半-80年代前半 草創期~メーカーに負けるな!

今でこそ、車好きならば知らぬ者の無い日本屈指のチューニングパーツメーカー「TRUST(トラスト)」。

その歴史は1977年、レース好きの仲間が集まり、自分たちが走るためにマフラーやエキゾーストマニホールドを抜本的に見直し、自分たちで製作した事が始まりでした。

富士スピードウェイでデビューした「トラストスターレット」を皮切りに、TSレースや耐久レースに、スターレットやサニー、カローラレビン、セリカを次々と投入。

レース仲間の間で高い評価を得たトラストのエキゾーストシステムには注文が殺到してストリートへも広まり、現在のトラストの礎を作ったのです。
その名を全国区にした転機は1981年、谷田部(日本自動車研究所のテスト用高速周回路)での最高速アタックと、富士スーパーシルエットレースでした。

この年、トラストトランザムは谷田部で264.71km/hの当時最高速を記録。

続けて当時最新鋭のトヨタ ソアラ2800GTの2.8リッター直6DOHCエンジンをフルチューンしてツインターボ化、何とエアコンなど装着した公道快適仕様のままで300km/hオーバー、最終的には316km/hに達し、衝撃を与えました。

この瞬間「TRUST」の名は、一気に憧れの存在となり、「トラストソアラにブチ抜かれた」「トラストソアラにあこがれてクルマを作った」という往年のドライバー、チューナーの声は今でも絶えません。

※画像は1987年のトラストソアラ
また、同年の富士スーパーシルエットレースには、海外のレースで活躍して有名だった「シュニッツァーセリカ」セリカLBターボのグループ5マシンで参戦。

翌年には搭載していた18R-G改をツインターボ化して参戦し、周囲の度肝を抜いたのです。
そして1983年には当時最新鋭、前年のル・マン24時間レースを含むWEC世界耐久選手権でデビューしたばかりのポルシェ956を購入し、JSPC全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権に参戦。

創設からわずか7年で6,000万円の最新グループCマシンを購入した決断は、国内で1番最初にポルシェを導入し、プライベーターでメーカー勢に勝ちたい、という闘志の現れでした。

目論見通り、初シーズンで2勝を上げるなどしてシリーズチャンピオンを獲得、その勢いでWECジャパンでもポルシェワークスに次ぐ3位表彰台を獲得、その名声を一気に高めていきます。
1984年には始まったばかりのJSSジャパン・スーパースポーツ・セダンレースに「グレーサージャパンオートソアラ」で参戦。

土屋圭市をドライバーに起用し、「レースに派手なソアラで登場してドリフトしまくっていた。」というのは、現在でも語り草になっています。

80年代後半 次々と新しいレースへ挑戦

1985年から、トラストはさらに活動の場を広げ、次々と新しいレースに参戦していきます。

まず同年富士グランチャンピオンレースに、ムーンクラフトスペシャルカウル(MCS)をまとったトラスト822MCSに参戦、ステアリングは鈴木恵一に託します。
始まったばかりのグループAレース、JTC全日本ツーリングカー選手権にも参戦し、スターレットを皮切りに、セリカやカローラレビンで参戦し1993年のJTC終了まで参戦を続けました。
1984年に製作したミッドシップ仕様KP61スターレットを皮切りに、ダートトライアル車両の開発に着手したのもこの時期です。

1985年にはAW11やAE86を開発、グループCポルシェの足回りを担当、後に「足回りの神様」とも呼ばれた国政久郎などにステアリングを託し、現在まで続くトラストのダートトライアルD車両へのサポートが始まりました。
JSPCのグループCポルシェ956もトラストワークスのISEKIポルシェとして参戦を継続、1987年からは最新のポルシェ962Cに切り替えます。

1988年には英国GTIエンジニアリング社製のシャシーを導入し、日本石油のスポーンサードを得てNISSEKIポルシェ962GTIへと進化、トラスト独自のモディファイで戦闘力を高めていきました。

90年代・ル・マンへの挑戦と、GReddyフルチューンのアタック

1990年代前半から半ばまでは、トラスト史上最大のビックイベントに参戦した時期でした。

ル・マン24時間レースへの参戦です。

初年度の1990年、JSPC同様にNISSEKIポルシェとして参戦したトラストのポルシェ962Cは初参戦にも関わらず、総合13位で見事完走!

優勝や入賞以前にまず完走が難しいとされるル・マンで、いかに信頼性の高いポルシェとはいえ、トラスト独自のモディファイが国際的な舞台でも通用する事を証明した出来事でした。
翌1991年もう1度ポルシェ962Cで参戦した後、1992年から1994年まではトヨタ92C-Vで参戦。初年度の1992年シーズンは、ターボ車のカテゴリーであるC2クラスで優勝。総合でも5位となり、耐久レースのトラストを世界に証明しました。
90年代はル・マン参戦の間も国内でJTC参戦は継続。

さらに最高速アタックに挑戦するため開発されたのが、R32スカイラインGT-R NISMOベースの「GReddy RX」です。

主に海外向けブランドであるGReddyの名を冠したマシンは0-400m9秒7、筑波TC2000で1分フラットの俊足を発揮。

谷田部での最高速も330km/hオーバーを発揮して、最高速から0-400m、サーキットアタックまであらゆるステージで高いポテンシャルを証明してみせたのでした。
RXはさらにR33スカイラインGT-Rがベースの「GReddy S-ROC」へ進化。

0-300km加速や0-400mなどで記録に挑み、広い分野で活躍しています。

2000年以降 GReddy35RX SPEC-Dでの華麗なる復活〜そして未来へ

1996年JGTC全日本GT選手権GT500クラスに、R32GT-RをベースにSR20を搭載したJUN-トラストスカイラインで参戦して以降、トラストは一時期レースから距離を置いていました。

しかし、2002年からサポートを始めていたD1GPに、2004年から川畑 真人のS15シルビアへのサポートを始めた事でレースへ復帰していきます。

トラスト&川畑 真人の組み合わせは、さらにその10年後の2014年、トーヨータイヤをパートナーに加えた「Team TOYO TIRES DRIFT TRUST RACING」へと発展し、華やかな舞台へと華麗なる復活を果たしました。
2014年から参戦している川畑 真人が駆る「GReddy 35RX SPEC-D」のベースとも言えるのが、「GReddy35RX」です。
2011年には富士スピードウェイで最高速度326km/hを記録。

谷田部のようなオーバルの高速周回路ではなく、サーキットでの最高速アタックで谷田部時代と同レベルの記録を叩きだした事で、トラストによる最高速アタックも新時代へと入りました。

もちろん、この間も全日本ダートトライアルDクラスでは谷田川敏幸へのサポートを継続、マシンがインプレッサからWRXへと変わっていきながら高いポテンシャルを発揮し、常に優秀な成績を納めています。
スプリントレースから耐久レース、サーキットアタック、最高速アタック、ドリフト、ダートトライアルと広いジャンルで大舞台を経験してきたトラスト。

そのノウハウの蓄積を活かして、今後も日本を代表するチューニングパーツメーカーとして活躍を続けていく事でしょう。

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