日産901活動で誕生した名車3選|R32やZ32など記憶に残るクルマたちはこうして生まれた!
更新日:2024.09.09
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2017年の世界販売実績で、トヨタを抜き「2位」を達成したルノー日産アライアンス(ルノー・日産・三菱の連合)。これまで何度となく、倒産の危機に直面していました。
いまからおよそ30年前の1980年代も同様で、日産自動車の販売シェアは下降を始めはじめ、その対策として、1990年代までに技術世界一になり、1990年代に開発する全車種を対象にシャシー、エンジン、サスペンション、ハンドリング、そして品質向上の技術開発を行う、通称『901(キュウマルイチ)活動』計画を立ち上げました。
この結果として生まれてきたのが、R32スカイライン、Z32フェアレディZ、P10プリメーラ、インフィニティQ45といった名車たち。今回は、そのなかでも注目の3台を取り上げたいと思います。
文・吉川 賢一
いまからおよそ30年前の1980年代も同様で、日産自動車の販売シェアは下降を始めはじめ、その対策として、1990年代までに技術世界一になり、1990年代に開発する全車種を対象にシャシー、エンジン、サスペンション、ハンドリング、そして品質向上の技術開発を行う、通称『901(キュウマルイチ)活動』計画を立ち上げました。
この結果として生まれてきたのが、R32スカイライン、Z32フェアレディZ、P10プリメーラ、インフィニティQ45といった名車たち。今回は、そのなかでも注目の3台を取り上げたいと思います。
文・吉川 賢一
『ワイド&ローのコンセプトを作ったクルマ』Z32フェアレディZ
キャッチコピーは『スポーツカーに乗ろうと思う』。
いかにもスーパースポーツカーを思わせてくれる、低いボディスタイルをもっていました。獲物を狙う動物をイメージし、躍動感のあるボディフォルムを実現。当時のスポーツカーの定石であった、ロングノーズ・ショートデッキをあらため、新たにワイド&ローといったデザインコンセプトを織り込みました。
メインエンジンは、3.0L V6ツインターボのVG30DETT。280ps/6400rpmを発揮し、当時としては卓越したパフォーマンスを達成していました。
メカニズム面においては、同時期に発表されたR32スカイライン(後述)と同じく、電子制御式4ホイールステア(4WS)であるスーパーHICAS(ハイキャス)が、ツインターボモデルに装備され、シャシー性能を革新的に向上させました。
Zは北米で販売を伸ばしてきたクルマで、このZ32においても北米マーケットにて、ポルシェなどの欧州製スポーツカーに対抗する高級スポーツカー(といってもはるかに安い)として発売され、大ヒットしました。
いかにもスーパースポーツカーを思わせてくれる、低いボディスタイルをもっていました。獲物を狙う動物をイメージし、躍動感のあるボディフォルムを実現。当時のスポーツカーの定石であった、ロングノーズ・ショートデッキをあらため、新たにワイド&ローといったデザインコンセプトを織り込みました。
メインエンジンは、3.0L V6ツインターボのVG30DETT。280ps/6400rpmを発揮し、当時としては卓越したパフォーマンスを達成していました。
メカニズム面においては、同時期に発表されたR32スカイライン(後述)と同じく、電子制御式4ホイールステア(4WS)であるスーパーHICAS(ハイキャス)が、ツインターボモデルに装備され、シャシー性能を革新的に向上させました。
Zは北米で販売を伸ばしてきたクルマで、このZ32においても北米マーケットにて、ポルシェなどの欧州製スポーツカーに対抗する高級スポーツカー(といってもはるかに安い)として発売され、大ヒットしました。
『卓越したポテンシャルの持ち主』R32スカイライン
キャッチコピーは「超感覚スカイライン」。901活動の最重要車種として開発されました。
スカイラインといえば、”GT-R”というように、その陰に隠れることが多い標準モデルですが、自動車評論家やレーサーからは、バランスの取れたモデルとして歴代のスカイラインのなかでも、極めて高い評価を得ています。
ボディが肥大化しすぎた前任の7代目スカイラインをダウンサイジングしてスリム化したため、R32の運動性能のポテンシャルが非常に高かったことが、評価されたおもな理由でした。
しかし、先代と比べてかなり狭くなった車内空間(特に後席)のため、ファミリー層に訴求することができず、またセフィーロといったファミリー向けのセダンの存在、そしてミニバンやRVの流行りが重なり、販売台数は伸び悩みました。
スカイラインといえば、”GT-R”というように、その陰に隠れることが多い標準モデルですが、自動車評論家やレーサーからは、バランスの取れたモデルとして歴代のスカイラインのなかでも、極めて高い評価を得ています。
ボディが肥大化しすぎた前任の7代目スカイラインをダウンサイジングしてスリム化したため、R32の運動性能のポテンシャルが非常に高かったことが、評価されたおもな理由でした。
しかし、先代と比べてかなり狭くなった車内空間(特に後席)のため、ファミリー層に訴求することができず、またセフィーロといったファミリー向けのセダンの存在、そしてミニバンやRVの流行りが重なり、販売台数は伸び悩みました。
標準モデルが出た3ヵ月後の1989年8月、GT-Rが16年ぶりに復活し、そこからは良く知られているとおり、数々のGT-R伝説を残すと同時に、「内に秘めたポテンシャルでは、フェラーリ348等を上回る」と絶賛されることもありました。
しかし、そのR32 GT-Rが存在したのは、標準モデルが素晴らしい素質を秘めていたクルマだったからこそ、なのです。
しかし、そのR32 GT-Rが存在したのは、標準モデルが素晴らしい素質を秘めていたクルマだったからこそ、なのです。
『FF車のハンドリングを極めた』P10プリメーラ
欧州市場へ投入することを目的に、スタイリング、動性能、実用性、パッケージングなど、欧州車を強く意識して開発しました。
901運動から生まれた、フロントマルチリンクサスペンションは、乗り心地を度外視すればとの注釈つきながら、卓越したハンドリングは「欧州車を超えた」と評されました。
コンパクトな車体ですが、室内の広さは当時のクラス最大級、居住性と空力性能をバランスよく両立させただけでなく、機能的に洗練されたスタイリングでした。
日本市場では、モデル末期まで堅調な販売を続けていたP10プリメーラでしたが、当時のファミリーセダンとしては足回りが異常に固く(特に初期型)、乗り心地に不満を持つユーザーもいました。
その一方で、欧州車っぽいと好意的に解釈するユーザーもいたのですが、2代目(P11プリメーラ)に進化すると、方針を変えて足回りを日本車チックに変更。そんなこともあってか、販売台数は下がっていきました。ちなみに、北米市場のインフィニティチャンネルからも、インフィニティG20として投入されていました。
901運動から生まれた、フロントマルチリンクサスペンションは、乗り心地を度外視すればとの注釈つきながら、卓越したハンドリングは「欧州車を超えた」と評されました。
コンパクトな車体ですが、室内の広さは当時のクラス最大級、居住性と空力性能をバランスよく両立させただけでなく、機能的に洗練されたスタイリングでした。
日本市場では、モデル末期まで堅調な販売を続けていたP10プリメーラでしたが、当時のファミリーセダンとしては足回りが異常に固く(特に初期型)、乗り心地に不満を持つユーザーもいました。
その一方で、欧州車っぽいと好意的に解釈するユーザーもいたのですが、2代目(P11プリメーラ)に進化すると、方針を変えて足回りを日本車チックに変更。そんなこともあってか、販売台数は下がっていきました。ちなみに、北米市場のインフィニティチャンネルからも、インフィニティG20として投入されていました。
隠れた名車はまだまだありますし、いつの時代も、歴史から学ぶことは多々あります。
こうして話題に取り上げられるクルマが、今後も多く出現することを楽しみにしたいですね。
こうして話題に取り上げられるクルマが、今後も多く出現することを楽しみにしたいですね。