F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 vol.22 “縁の下”の奮闘

アヘッド ピレリF1タイヤ

※この記事には広告が含まれます

乗用車はマイナス20℃の極低温から50℃の高温まで品質を保証しなければならない。耐久性は10万kmでは不十分。それに比べてF1はせいぜい10℃から40℃をカバーすれば十分。年間19戦、レースだけでなく予選やフリー走行を含めたとしても、走行距離は1万5000km程度だ。使用条件も耐久性も、F1より乗用車の方が過酷に感じられる。

text:世良耕太 写真・Pirelli [aheadアーカイブス vol.110 2012年1月号]
Chapter
vol.22 “縁の下”の奮闘

vol.22 “縁の下”の奮闘

▶︎ピレリのF1タイヤは、設立以来50年以上の歴史を誇るトルコ・イズミット工場の専用ラインで生産される。各グランプリに持ち込まれるのは約1800本。現地でホイールに組み付け、レース後はばらし、持ち帰る。すべてのF1タイヤはリサイクルされる。


では、タイヤはどうだろうか。ピレリが供給するドライタイヤのトレッド幅はフロントが245mm、リヤが325mmである。もっとワイドなタイヤを履いたスポーツカーもあり、F1のタイヤが飛び抜けて太いわけではない一方、ホイールの直径は13インチで、軽自動車用より小さいほど。

理由は2つあって、1つはエアボリュームを確保するため。ホイールの直径が13インチ(約330mm)なのに対し、タイヤの直径は660mmなので、タイヤの厚みは約165mm。F1は空気を充填したタイヤの弾力性をサスペンション機能の一部として利用しているのだ。動きが小さいフロントは、ストローク量のほとんどをタイヤのたわみ分が占めると考えていい。

理由その2は、高性能なブレーキユニットを装着させないため。ホイールの径が大きくなると、内側の空間が広くなり、大きく高性能なブレーキユニットを収めることができる。

高性能な方がいいではないか、と思うかもしれないが、短い距離で確実に止まれることがわかれば、もっとスピードを上げようという心理が働くもの。そうした心理を抑制するために、小さなブレーキしか装着できないようにしているわけだ(それでも、F1のブレーキは乗用車用に比べてはるかに高性能だが)。

サーキットを走るからサスペンションもタイヤもガチガチに硬いと思いがちだが、一部は正解で一部は誤解である。まず、内圧。タイヤに充填する空気の圧力だが、乗用車のタイヤが一般的に2.0kgf/㎠なのに対し、F1用タイヤは1.4kgf/㎠。では、フニャフニャかというとそんなことはなくて、構造がしっかりしているのだ。空気を抜いた状態で上から押さえ付けてもビクともしない。

なぜなら、F1のタイヤには大きな荷重がかかるから。F1マシンの車重はドライバー込みで640kg。レース開始時はこれに燃料分が加わるので約800kgになる。単純計算で1輪あたり約200kgだ。乗用車の場合、1.2ℓエンジンを積んだVWゴルフで1270kgあり、1輪あたりの荷重は317.5kgになる。

なんだ、乗用車用タイヤの方が過酷ではないかと決めつけるのは早い。F1は走行中にダウンフォースが発生する。空気の力を利用して車体を地面に押さえつける力のことで、高速走行時には2000kg以上の力が発生。1輪あたり最大800kgというのが相場だ。ピレリは念のため、実験施設で1000kgの荷重を掛け、耐久性を確かめているという。

F1タイヤの過酷で特殊なエピソードはまだあるが、ほんの一部を知るだけでも、ケタ違いの性能が理解できるのではないだろうか。

-------------------------------------
text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
【お得情報あり】CarMe & CARPRIMEのLINEに登録する

商品詳細