バブル期の象徴とも言えるシーマ現象とはなんだったのか?

天井知らずの好景気に湧いた、1980年代後半から1991年にかけてのバブル期。不動産は高騰し続けブランド物が飛ぶように売れる狂乱の時代は、自動車の世界にも大きな影響をもたらしました。それを象徴するの“シーマ現象”です。シーマ現象とは、初代 日産「シーマ」(発売当初はセドリックシーマ/グロリアシーマ)が大ヒットしたことを表す言葉。1988年の「日本新語・流行語大賞」で流行語部門の銅賞に選ばれたことからも、当時の様子がわかります。

文・木谷宗義

Chapter
セドリック/グロリアを超える高級車を
価格が高いから買う!?

セドリック/グロリアを超える高級車を

シーマ

初代シーマは、セドリック/グロリアの上級車種として1988年に登場した、日産の最上級オーナーカー。その特徴は、日本車離れしたスタイリッシュなデザインと、3ナンバー専用ボディにありました。

5ナンバーと3ナンバーで購入時に支払う物品税や毎年収める自動車税の税率・税額が大きくことなっていた当時、3ナンバー車は成功者の象徴。しかし、折からのバブル経済により、セドリック/グロリアを超える高級車が求められていました。

トヨタも3ナンバーボディのクラウンを開発しており、3ナンバー高級車時代の幕開けは待ったなしの状態。そこで日産は、当時のY31型セドリック/グロリアをベースに、3ナンバー専用ボディを持つ高級車を開発したというわけです。

日産 シーマ

搭載されるエンジンは、V6 3.0L自然吸気(VG30DE型)とそのターボつき(VG30DE型)の2種類で、特にターボモデルは豪快な加速を特徴としていました。1989年のマイナーチェンジでは、カーナビ(まだGPSではない)やTV機能を持つAVマルチシステムを搭載したり、シルクウールのシートをオプション設定したりと、装備や仕様も先端かつ豪華。

価格はおおよそ400~500万円で、セドリック/グロリアの上級グレードの価格がシーマの下位グレードの価格と言う、当時としては異例に高価格な車でした。

価格が高いから買う!?

しかし、ときはバブル期の時代。「もっと豪華な車」「より高い車」が求められていたことから、1987年の東京モーターショーで参考出品されるや注目を浴び、1988年の発売初年度には3.6万台が販売されます。しかも、販売の中心は高価格な上級グレードで、購入者にアンケートを取ると「価格が高かったから」という理由が一番多かったのだとか。

当時、いかに高価格車が求められていたかがわかるエピソードですが、その背景には「不動産が高くなりすぎて家を買えないから車を買う」といった事情もあったようです。初代シーマは1991年までの3年半に、約13万台が販売されました。しかし、2代目シーマが発売されるころには、バブル景気は崩壊局面へ。シーマ現象も終焉を迎えます。

バブル景気の隆盛とともに生まれ、バブル崩壊とともに終焉を迎える。初代シーマは、まさにバブルと運命をともにした車だと言えます。“シーマ現象”は、バブル期を象徴する出来事であり言葉なのです。