ランボルギーニの販売台数1位とビリはどれだ!?「売れた車」と「売れなかった車」を紹介!

ランボルギーニは1962年設立以来、数々のスーパーカーを世に送り出してきました。この50年以上の経営のなかには、販売台数1位のヒットモデルもあれば、まったく売れなかった鳴かず飛ばずのモデルもあります。そんな歴史のなかで、もっとも売れたモデルと、もっとも売れなかった量産車を紹介します!
※今回は、量産車を対象にしたので、限定車のように生産台数がもともと限られているモデルや、イオタのような実験車両、また派生モデル単体は除いています。

Chapter
もっとも売れたガヤルド
後輪駆動のガヤルドが登場!
歴史上もっとも売れなかった悲運の量産車とは?

もっとも売れたガヤルド

ランボルギーニ ガヤルド

インドネシアの投資家から、ランボルギーニの全株式がアウディに譲渡される契約が交わされたのは1998年のこと。それによって生まれた最初のモデルが「ムルシエラゴ」(2001年)であり、ランボルギーニの歴史上もっとも多い販売台数を記録することになったモデルが「ガヤルド」です。

V12エンジンモデルに対して、気筒数の少ないエンジンを搭載することから、ベイビーランボと呼ばれるガヤルドは、ミドにアウディ製をベースとしたV10エンジンを搭載。2003年から2013年までの10年間に、世界45か国以上で販売され、累計生産台数は14,022台を記録したのです。

それまでで、もっとも多く生産されたディアブロでも、全シリーズ合わせて2,000台強ですから、それがどれだけ大きなホームランだったかがわかります。

ガヤルドは、競合のフェラーリやマクラーレンといったスメーカーを含めても、もっとも成功したモデルといえます。

後輪駆動のガヤルドが登場!

ランボルギーニの愛好家たちが特に盛り上がったのは、ガヤルド LP550-2が発表された時ではないでしょうか?

それまでのガヤルドは、大パワーを4輪に配分する4WDスーパーカーでしたが、LP550-2ではそれをあえて嫌い、後輪駆動としていたのです。これによって、MRの獰猛なランボが久々に復活したのです!

1966年、ミウラでいち早くミッドシップの市販車を世に送り出したランボですから、昔からの愛好家の方々にとっては、ミドシップ+後輪駆動のパッケージは、心に響くものがあったことでしょう。

歴史上もっとも売れなかった悲運の量産車とは?

さて、ランボの歴史上、もっとも売れなかったモデルですが、スーパーカー世代なら知っているシルエットでした。

ミドにV8を積んだウラッコの後継として市場投入されたシルエットの生産台数は53台(54台という説もあり)。

ウラッコは、ポルシェ911の市場(2+2シータースポーツカー)を狙って設計されたものですが、一方でマセラティ(メラク)、デ トマソ(パンテーラ)といった、V8をミドシップしたスポーツカーの影響もあったように思います。

このベイビーランボ第1弾は、2.5L(イタリア市場向け2.0L含む)と3.0LのV8エンジンを横置きでミドに搭載。総生産台数も700台以上とそれなりの成功を収めました。

それを受けて市場に投入されたモデルが、シルエットです。2+2から2シーターに変更されたシルエットですが、オリジナルのボディではなくウラッコのそれを流用して作り上げたものでした。

しかし、ハンドリングはかんばしくなく、さらにランボの経営状態が悪化していたことも重なって、悲運のモデルとなってしまいました。


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