埋もれちゃいけない名車たち vol.60 ハイブリッドのライトウェイト2シーター「ホンダ・初代インサイト」

先日、古い友人から「セカンドカーとして中古のインサイトを買った」と電話があった。インサイトといえばホンダのハイブリッドカー。プリウスのライバルだったが、2014年に生産が終わっている。僕の頭の中はクエスチョンマークである。その友人はクルマに関しては趣味人だし、アシ車ならともかくセカンドカーでハイブリッド、というのが解せなかったからだ。そこでもう少し深く訊いてみたら、すんなりと合点がいった。インサイトはインサイトでも、彼が手に入れたのは初代インサイトだったのだ。

text:嶋田智之 [aheadアーカイブス vol.176 2017年7月号]

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vol.60 ハイブリッドのライトウェイト2シーター「ホンダ・初代インサイト」

vol.60 ハイブリッドのライトウェイト2シーター「ホンダ・初代インサイト」

アヘッド インサイト

御記憶だろうか?「21世紀に間に合いました」というキャッチとともに初代トヨタ・プリウスが世界初の量産ハイブリッド乗用車としてデビューしたのは1997年12月。そしてそれに次ぐハイブリッドカーとしてホンダ・インサイトが発売されたのは、そこから2年近く後の1999年11月のことだった。

初代インサイトは、驚きに溢れていた。なぜならプリウスがECOコンシャスな乗用セダンであったのに対して、ホンダの初めてのハイブリッドカーは、燃費こそ当時の初代プリウスを大きく凌ぐ35㎞/ℓとECOコンシャスなものであったが、クルマ作りに対する考え方がまるで異なっていて、座席の数は2つ、すなわち2シーターであり、そのスタイリングはどう見てもスポーツカーの範疇にあったのだ。

しかもグループ6やグループCのレーシングカーのようにタイヤを露出させないリアのホイールスカート、フロントよりリアのトレッドが110㎜も狭いことによる尻すぼみなフォルム、傾斜のきついガラスハッチにスパッと切り落としたかのようなコーダトロンカ風のリアビュー、といった特殊なデザインが施されていた。

その理由はいたって明快、全ては空力性能のため。Cd値(空気抵抗係数)0.25という、当時の市販乗用車としては驚くべき数値を達成していたのだ。

もうひとつの特徴は軽量化である。NSXで技術を鍛えたアルミ製の車体や、アルミや樹脂などの軽量素材を多用したボディパネルなどの採用で、820㎏という驚異的な軽さを実現していた。

パワーユニットは995㏄の直列3気筒に薄型電気モーターの組み合わせで、システム全体で103psに14.4㎏‌mと驚くほどではなかったが、空力と電気ターボの効きで速度はスルスルと伸びたし、軽さと重心の低さ、後ろが極端に狭いディメンションによって動きに独特のスポーティさもあって、走らせることがオモシロかった。ホンダはハイブリッドカーでもそこを重視したのである。

もはやハイブリッドカーは珍しくもないけど、こういうチャレンジングなクルマは、そうは見当たらない。友人はそこに価値を見出して、わざわざ手に入れたのだ。慧眼である。

ホンダ・初代インサイト

アヘッド インサイト

初代ホンダ・インサイトは、ホンダ初のハイブリッドカーとして1999年11月に発売された。そのスタイリングは徹頭徹尾空力性能を考慮したもの。徹底的な軽量設計で、車重は820kg。995cc直3エンジンと薄型電気モーターを搭載し、35km/ℓという当時の量産ガソリン・エンジン+モーターのクルマとして世界最高の燃費性能を誇っていた。

そのルックスどおり走りのテイストも、物凄い速いわけではないがスポーティなものだった。が、2シーターであることもあって全くといえるほど売れず、2006年7月に総生産台数1万7,000台、国内販売およそ2,300台で幕を閉じた。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。


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