埋もれちゃいけない名車たち vol.49 クーペが似合うお年頃「PEUGEOT 406 クーペ」

〝夏の終わり〟というのはイコール〝秋の始まり〟だ。というと、うら寂しいような物悲しいような連想をされる方もおられるだろうけど、ちょっと待った、である。秋が豊穣の季節であり、彩りの季節であり、収穫の季節であることを忘れてはいけない。僕も含めた世の中的に〝オヤジ〟と呼ばれる世代は、今はまさしく人生におけるちょうどその時期に差し掛かっている。豊穣と彩りと収穫を楽しめる年代に入ったのだ。

text:嶋田智之 [aheadアーカイブス vol.165 2016年8月号]

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vol.49 クーペが似合うお年頃「PEUGEOT 406 クーペ」

vol.49 クーペが似合うお年頃「PEUGEOT 406 クーペ」

アヘッド PEUGEOT 406 クーペ

そうした世代に最も相応しいのはどんなクルマだろう?と考えた。僕は断然、クーペなんじゃないか、と思う。昔はどことなくスポーティなイメージから若者が選ぶべきクルマだろうと捉えていたところもあるが、クーペは本来、〝実用性〟を少し差っ引いた分〝粋〟と〝伊達〟を盛り込んだ、オトナのためのパーソナルカーである。

心にゆとりがなければ似合わない。どれほど一流のアイテムを身に着けてもどれほど高価な服を着ても、中身が伴った人物でなければ釣り合いがとれない、というのと同じ。

クーペの中には走りに軸足を置いたスポーツカーとしてのものがあって、そちらは若い人達にもどんどん乗ってもらって自分自身を色々な意味で鍛えて欲しいと思うけど、フォーマルなところのあるラグジュアリーなクーペは別だ。酸いも甘いも知った、懐深いオトナが選ぶべき乗り物なのである。

このページのテーマに相応しい中から1台を選ぶなら、圧倒的断トツでプジョー406クーペだろう。

1990年代後半、日本では魅力的なクーペが絶滅への道を着々と歩んでいるような状況だったが、それだけに'98年に上陸した406クーペはかなり衝撃的だった。ケレン味などどこにもないシンプルで控えめな成り立ちながら、どの角度から見ても美しく、エレガンスが匂い立つかのようなスタイリングは、走る姿も停まってる姿も、見惚れるだけの価値が充分にあるものだった。

歴代フェラーリをデザインしてきたピニンファリーナが手掛けたその姿を、ベースになった406セダンとひとつも共通のボディ・パネルや外装パーツを使わずに形作ったという、その贅沢な構成にも心が打たれた。

日本仕様では本革張りとなっていたインテリアも、フランスの高級家具を連想させる美しいさと素晴らしい居心地で、心を蕩けさせた。同じく日本仕様は3リッターのV6で、走りそのものはスポーツカーというよりグランツーリスモといえる類だったが、プジョーならではの〝猫足〟な乗り心地もあって、心地好かった。オトナの色気を見事に醸し出しているように感じられた。

今やプジョーのラインアップからもクーペは消えてしまったが、それに反して「こういうクルマに乗りたい」という気持ちが膨らんでくる。そういう年頃なのだろう、と思う。

PEUGEOT 406 クーペ

アヘッド PEUGEOT 406 クーペ

406クーペは、1995年から2004年にかけて生産されていたプジョーのミドル・レンジ、406シリーズのセダンをベースに開発された上級パーソナル・クーペ。

スタイリングデザインのみならず生産までもピニンファリーナが手掛けたクルマだが、そのスタイリングはイメージこそ406セダンに似てはいたが、エクステリアはほぼ完全な専用設計。

またインテリアもダッシュボードやセンターコンソールぐらいしか共用と思しき部分が見当たらないという、実に贅沢な作りがなされていた。価格は導入開始の1998年当時で465万円。なかなかの高級車でもあったのだ。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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