おしゃべりなクルマたち Vol.40 近所のミッテランさん

Vol.40 近所のミッテランさん

アヘッド イラスト・大塚砂織

以前、息子が不良の友達と歩道でバイクを走らせていてときに、たまたま通りがかったこのご主人に怒鳴られた。ふざけた態度で騒音と排気ガスをまき散らしていたふたりを彼が厳しく叱ったのだが、その叱り方が政治家の演説のようだったことからミッテランさんとなった。実際、不良の友達は「あのおっさん、昔、大統領だったんじゃねーか?」と言い、「ミッテなんとかって名前だったぜ」、こう囁いたのだった。

実際、ミッテランさんは近所では一目おかれた人物である。素晴らしい邸宅をキャッシュで買ったという財力も去ることながら、住人はもちろん清掃業者から郵便配達人まで不誠実と手抜きとルール違反を許さぬ姿勢で人々の信頼を集めるようになったのだが、私に言わせれば彼には持って生まれた風格(と体格)があって、ミッテランさんが登場しただけで空気がかわる。

水道屋が送り込んだ使いの小僧に「奥さんさあ」といきなりため口を叩かれる私とは雲泥の差だ。

こんなミッテランさんに年の瀬、頼み事をされた。「3日間ほど、クルマを交換していただけないか」、立ち話もナンだからと家に拉致され、いや、招待されてその席で彼がこう言った。

ミッテランさんの愛車はシトロエンC6。ラグジュアリーカーだ。私のクルマはフィアット・パンダ。お安いシティ・カー。「よろしいのでしょうか」、私が尋ねるとミッテランさんが怒った。「よろしいかと伺っているのは私だ」。

いかにも。自分たちも歳なのでそろそろ小型車に買い替えようと思う。これが試乗の理由のようで、「誰が乗ったかわからぬレンタカーは嫌、ディーラーから借りるのも後が煩いから嫌なんですって」、夫人の解説に思わず笑ってしまった。

「小型車は扱いやすくて大変、結構」。3日後、私はこう言われると思っていた。「いま、注文してきたところです。ローンは嫌いですから、キャッシュ払いで5台かいました」。これがダンナの予想。息子の勘では「C6はお宅に差し上げます」となるはずであった。残念ながらすべて外れ。ミッテランさんは小型車は駄目だ、せせこましいネズミのようだとこう言った。

「どうして小さいクルマがもてはやされるのか私にはわかりません。排気ガスをまき散らしたり渋滞を悪化させるほど乗るわけではない。私は駐車スペースが確保された場所にしか出掛けない。ガソリンは私が払う。大きなクルマのどこが悪いのか。長く働き、歳を重ねた人間がゆったり暮す。これぞ成熟した社会というものだ。皆がねずみでは社会は成熟を迎えない」。

イヨッ、大統領?! 思わずこう声を掛けたくなるような、それはすばらしい演説であった。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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