エンジンとオイルは一体。 “ビスポーク”でつくられるエンジンオイル

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ファッション用語に「ビスポーク」という言葉がある。「注文服」のことで、専門職が顧客の体を採寸しながら要望を聞き取り、顧客好みの服を仕立てていく。ビスポークと対になるのはレディメイド、すなわち既製服だ。

text:世良耕太 [aheadアーカイブス vol.141 2014年8月号]
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エンジンとオイルは一体。 “ビスポーク”でつくられるエンジンオイル

エンジンとオイルは一体。 “ビスポーク”でつくられるエンジンオイル

▶︎PETRONAS
1974年に設立されたマレーシアの国営石油企業である。イタリア・トリノにあるラボセンターはヨーロッバ最大最新の研究施設であり、世界に向けて、自動車、トラック、バス、二輪、船舶等々への潤滑油を生産・供給している。F1などのコンペティションオイルの研究開発もここで行われている。


ビスポークのメリットは、注文主の体に服がぴったりフィットすること。さらに、顧客の好みやこだわりを反映できることにある。リクエストを一方的に聞き入れたのでは道を踏み外してしまう危険性があるが、そこはプロ。服が服であるべきセオリーを守りながら、顧客の要望も満足させるのがビスポークの美点だ。

「F1で使うエンジンオイルもビスポークです」と語るのは、ペトロナス・ルブリカンツ・インターナショナル(PLI)で技術部門の責任者を務めるアンドリュー・ホームズ氏。

PLIはマレーシアの国営石油企業、ペトロナスの子会社で、自動車用および産業用潤滑油の製造を手がけている。ペトロナスは2010年からメルセデスAMGにガソリンとエンジンおよびギヤボックスオイル、油圧作動オイルなどを供給しているが、それらの開発・製造はPLIが行っている。開発の拠点はイタリア・トリノだ。

「PLIとメルセデスAMGハイパフォーマンスパワートレーンズ(以下メルセデスHPP)は、ひとつのチームとしてエンジンオイルを開発しています」

つまり、既製服ならぬ既製品では、エンジンのパフォーマンスを最大限引き出すことができないということだ。逆に言えば、オイルの出来が、エンジンの性能と信頼性を左右することを意味する。
「2014年のターゲットは、信頼性を確保しながら、エンジンパワーを最大化することでした」

こう語るのはメルセデスHPPでパワーユニットの開発に携わるスティーブ・ジョンソン氏。イギリスに本拠を置くメルセデスHPPはメルセデス製パワーユニット、PU106Aハイブリッドの開発および製造拠点である。

信頼性を確保しながらパワーを最大化するという目標は何も2014年に限った話ではないはずだが、今年は例年にも増して意味を持つ。なぜなら、前年までの2.4ℓ・V8自然吸気エンジンから、1.6ℓ・V6直噴ターボエンジンに切り替わったからだ。メルセデスHPPのマネージングディレクター、アンディ・コーウェル氏が後を受けて説明する。

「1.6ℓ・V6エンジンは2.4ℓ・V8エンジンよりも排気量あたりの出力が大きくなります。そのため、エンジンはより熱を持つことになる。金属と金属の接触面にはオイルの膜を厚く保つ必要がありますが、高温になればなるほど条件は厳しくなります。オイルは潤滑に加えて冷却の役割も担っていますが、エンジンオイルの量が少なくなったので、やはり条件は厳しくなりました」

オイルの量が少なくなった理由のひとつは、エンジンがV8からV6へと小さくなったからだ。さらに、メルセデスAMGが積むパワーユニットの場合は、ターボチャージャーの一部をエンジンの前側に配置する都合上、オイルタンクを配置するスペースが圧迫されている。軽量化の観点からも、搭載するエンジンオイルの量は少なく済ませたい。

2.4ℓ・V8時代は約7ℓのエンジンオイルを使用していたが、現行の1.6ℓ・V6エンジンはわずか2.5ℓのエンジンオイルで厳しい要求を満たさなければならない。だからなおさらビスポークでなければならず、チームとオイルサプライヤーの共同作業が重要度を増してくるのだ。
エンジンオイルは非常に複雑な化学物質の混合物です。ブレンドの仕方によって多くの選択肢が生まれます。ある成分を開発するとチームにテストしてもらい、フィードバックを受け取ってさらに改善する。その繰り返しでした。メルセデスとの密接なパートナーシップのおかげで、粘度に関して大きなジャンプアップがありました。小さな違いが大きな差になるF1では画期的なことです」

こうアンドリュー氏は開発を振り返る。フリクションを小さくすればするほどパワーと燃費に利くのだが、それにはオイルの粘度を低下させるのが最も有効だ。

エンジンオイルに求められる性能はさまざまで、すべてを両立させるのは非常に難しい。でも、それを成し遂げなければ競争には勝てません」

'14年に投入する専用オイルの開発は、ルールの確定後、エンジンの開発と歩調を合わせ、992日間を費やして行ったという。その間、50種類以上の候補を生み出しては、ふるいにかけ、磨き込んでいった。「完全な共同作業でした」とメルセデス側のジョンソン氏が言えば、「チームワークのたまものです」とペトロナス側のホームズ氏は応える。

エンジンに合ったオイルがあってこそ高い信頼性と性能が得られる。それは、市販車もF1も変わらない。「F1用も量産車用もエンジンオイルのベースの成分は同じなんですよ。開発に用いる技術も共通です」とホームズ氏はこっそり教えてくれた。
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text : 世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
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