S13シルビアやZ32フェアレディZ...バブル期の日産はなぜ次々と名車を生み出せたのか?

Y31セドリック

今から25年ほど前、バブル景気に乗じて日産は今に語り継がれるような名車をどんどん輩出し、ユーザーの支持を集めていました。その理由はもちろんクルマがよかったからに違いありませんが、ではなぜそういうクルマが生み出せるようになったのでしょうか。

全てが噛み合い始める

なによりY31セドリック/グロリア/シーマの成功は日産社員に大きな自信を取り戻させました。本当に良いと信ずるものを作ればお客様は応えてくれる、この思いが次のヒットを生み、そのヒットがまたその次のヒットを生む、そしてさらに自信を深めるという良き成功の連鎖を築き上げます。もちろんシェアも回復し、経営も上向き、そうなると資金運用にも大きな余裕が生まれてくるわけです。

それが妥協のないモノ作りをさらに後押し。やがて語り継がれる名車誕生の時を迎えるのです。S13シルビア、A31セフィーロ、C33ローレル、Z32フェアレディZ、R32スカイライン、G50インフィニティQ45、P10プリメーラ…次々ヒットを飛ばしました。

現代にも通用する成功事例

この当時の日産車は、バブルだったから売れていたわけではない、それはクルマの出来が証明しています。そうした出来の良いクルマが生まれた背景には、社内の改革意識、真に求められる企業像の追求など、かつて「社内理論」に陥っていた反省が大きくモノを言っているようです。

しかしこうした意識は現代社会のどんな仕事にも当てはめることができるものではないでしょうか。あなたのお客様は、あなたの製品やサービスに本当に満足していらっしゃいますか?過去の成功事例に学べることは少なくないと、あの頃の日産車は語りかけてくるようです。