激動のバブルを生きた名車、三菱 GTOってどんな車か覚えてる?

三菱 GTOは、バブル時代に生まれたスポーツカーの1台で、スタリオンの後継モデルとして登場しました。当時、さまざまなスポーツカーが開発されたなか、三菱 GTOのスペックや実際の評判はどうだったのでしょうか。

Chapter
バブル時に生まれた三菱のスポーツカー
数々のマイナーチェンジ
いつかは乗ってみたい

バブル時に生まれた三菱のスポーツカー

三菱 GTO 1990
三菱 GTO 1990

日本がバブル景気で盛り上がり、経済的にも潤っていた1980年代終わり、自動車メーカーはこのときばかりと、さまざまなスポーツカーを発表しました。

そのなかの1台が、三菱自動車のGTO。北米市場を見据えて製造されたスタリオンに続くモデルとして、1990年に発表されたスポーツカーです。

全長4,555mm×全幅1,840mm×全高1,285mmという大柄なボディに、エンジンは排気量2,972㏄の水冷V型6気筒DOHCと、同じエンジンにインタークーラーツインターボを装着した2種類を用意。ツインターボの最高出力は、当時のメーカー自主規制値いっぱいの280ps/6,000rpm、最大トルクは42.5kgm/2,500rpmを発生していました。

駆動方式は4WDで、4輪操舵(4WS)も装着。さらに高速走行時に可動する「アクティブエアロシステム」や、排気系にはマフラーへの流入経路を切り替えることでエキゾーストの音質が変えられる「アクティブエキゾーストシステム」など、ハイテク装備満載のGTOは、先に登場していた日産 R32GT-Rに対抗するスポーツカーとして、多くの注目を集めました。

しかし、サルーンのディアマンテから主要コンポーネンツを頂いたGTOの車両重量は1,700kgと重く、前後重量配分も60:40など、スポーツカーとしては不満のあるものでした。

数々のマイナーチェンジ

三菱 GTO 1998
三菱 GTO 1998

発売から3年後の1993年8月、最初のマイナーチェンジが施されました。このマイナーチェンジでは、ヘッドライトをリトラクタブルからプロジェクタータイプに変更して空力強化を行うとともに、トップグレードのGTOツインターボにゲトラグ製6速ミッションを採用しました。

1994年にはGTO MRが誕生。BBS17インチホイール、4WS、オートクルーズ、フォグランプ、ABSなどをオプション設定とすることで、約60kgの軽量化をはたしたスポーツ性能を重視したモデル。また、この年式からレース参戦用にAP社製6ポッドブレーキがオプションで用意されたこともトピックでした。

1996年のマイナーチェンジでは、ツインターボモデルに18インチタイヤを標準装備。

写真の1998年の最後のマイナーチェンジでは、エクステリアデザインを大幅に変更。アメリカンスポーツカー的な印象が強まっていました。

そうして2000年、三菱自動車はGTOの生産終了を決めます。当時のリリースによれは、2000年9月に導入された側面衝突規制に適合できないことが理由とされていました。

いつかは乗ってみたい

三菱 GTO 1990

約10年に渡って生産されたGTOは、もともと北米市場をターゲットに製造された、性能、サイズそして重量もダイナミックなバブリースポーツカー。日本国内では最後まで、その大柄なボディが災いとなりました。

また、キャッチコピーが「スポーツ」を前面に打ち出していたことも、販売を低迷させたことに関係しているのかもしれません。R32GT-Rに対抗できるスポーツカーではなく、ソアラやレパードに対抗するスペシャリティカーとして認知されていれば、また違った展開になっていたのではと思うのは、筆者だけではないでしょう。

とはいえGTOは、三菱自動車を代表する名車の1台です。