岡崎五朗のクルマでいきたい VOL.55 いいものを評価する世に

同じ事柄でも、立場が違うと見え方が180度違うことがある。最近よく思うのが、クルマ作りをする際のコストに対する考え方だ。現場のエンジニアと話していると、1円にも満たない〝銭〟単位でのコストコントロールを要求される辛さが痛いほど伝わってくる。彼らにとって1円は大金だ。

text:岡崎五朗 [aheadアーカイブス vol.135 2014年2月号]

Chapter
VOL.55 いいものを評価する世に
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VOL.55 いいものを評価する世に

アヘッド 岡崎五朗のクルマでいきたい ロゴ

「ダンパーのコストを、1本あたりあと10円増やせたらもっといい乗り味が実現できるのですが」「遮音材にあと100円かけられたら、静粛性はガラッと変わりますよ」「スポット溶接を増やせばボディの剛性感は上がるんですが、1ヵ所につき1円もかかってしまうんです」

クルマは最低100万円はする高額商品だ。僕らユーザーにしてみれば10円や100円などほんの些細な額であり、乗り心地や静粛性などクルマが明らかによくなるのなら、価格が多少上がってもいいと考えるのが普通の感覚だろう。

しかし、あと10円かければ…とわかっていながら安いダンパーを使わざるを得ないのが現実。なぜメーカーはそれほどまでして徹底したコストカットをするのだろうか?

メーカー側の事情をイメージしやすくするため、極限まで単純化した計算をしてみよう。

クルマは大小約3万個の部品でできている。1つの部品のコストが1円ずつ上がると合計3万円のコストアップになり、それを吸収するにはコスト×3=約10万円価格を上げなければならない。200万円のクルマなら約5%の価格上昇だ。

一方、日産を例にとると、直近の売上高営業利益率は4.7%。仮に1個あたりの部品コストが1円上がったものの価格を上げられなければ利益はすべて吹き飛ぶことになる。

しかし、多くのメーカーが激しい競争を繰り広げているなか、価格を引き上げるのは難しい。メーカーが「銭単位」のコストコントロールをする理由はそこにある。

そう言われると「たしかに」と思ってしまいそうになるけれど、やはり僕は多少高くてもいいクルマが欲しい。そのためには、いいものをきちんと評価し、少しだけ余計にお金を払うというユーザーマインドが不可欠だ。価格と燃費と広さのみに翻弄される日本のクルマ業界において、われわれ自動車メディアに課せられた役割はそこにある。

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