SPECIAL ISSUE クルマとバイクと夏休み

夏は特別な季節だ。紫外線のことは少しだけ忘れて空を見上げると、真夏の太陽がぎらぎらと心を刺激する。
子どものころの夏の思い出がよみがえる。若いころのバカ騒ぎにも似た興奮を思い出す。
夏は自分を縛っているものから、解放されていい季節なのだ。
ーオープンカーで思い切り太陽を浴びてみる。
目の前のものを振り切って次のステージへ飛び込んでみる。
子どもの頃の憧れだったバイクを思い切って手に入れてみる。
大人になっても、夏は特別な季節にできる。


text:岡小百合、山下剛、吉田拓生、若林葉子 photo:長谷川徹、瀬尾拓慶 [aheadアーカイブス vol.176 2017年7月号]


Chapter
オープンカーで太陽を浴びる
今こそもう一度XR
次へ向かうタイミング
林道の写真を撮る

オープンカーで太陽を浴びる

普通以上に雨が降っていない限り、屋根を閉めたことはなかった。オープンカーを所有していた時の話だ。つまり365日、爽やかに晴れわたる日はもちろんのこと、凍てつく様な寒さでも、焦げつくほどの暑さでも、曇っていても、風が吹いても、エンジンをかけたその次にすることは、いつも決まってストッパーを外しルーフを開ける作業。

それは小雨でもオープンという徹底ぶりで、目にした人にとってはどれほどのバカっぽさであったかと、自分でも可笑しくなる。可笑しくなりはするのだが、もう一度オープンカーを持つことがあったら、きっと同じことをするだろうと確信してもいる。

アクセルペダルを踏み込んだ瞬間から、風が体の上を吹き抜ける。無防備な頭上には、どこまでも広がっていく空しかない。あの風の、空気の、たとえようのない爽快感。自分を縛り付ける何物からも解き放たれたように、突き抜けた開放感。そして壁と天井に遮られないがゆえ、五感にダイレクトに突き刺さる音や香りや色。感覚が研ぎ澄まされ、五感で拾い上げるすべてのものが、くっきりと輪郭を浮かび上がらせていくのだ。

街のざわめき。店先からただよう焼きたてパンの香ばしい香り。芽吹いたばかりの葉をたたえる、街路樹の新緑の色。土の匂い。風にそよぐ木々の、ささやかな葉擦れの音。夕やけ雲が織りなす、ドラマティックな空のグラデーション。

連綿と続く日常を、日々淡々と、平凡に生きている。そんな気がしていたこの世が、実はこれほどの色に溢れ、香りに満ち、一瞬ごとに温度を変えていたと知り、愕然とした気持ちにさえなることもある。

クルマの機能が進化した今、オープンは決して季節ものではなくなっている。暑すぎず寒すぎもしない春と秋だけでなく、真冬がベストシーズンと言い切るオープン乗りも少なくない。風の巻き込み防止機能とシートヒーターが備わるクルマであれば、むしろ首から上だけに冷ややかな風を受けながら凛とした空気の中を走る清涼感は、なるほど特別な心地よさを与えてくれそうだ。

けれどもだからこそ、真夏のオープンはいっそう格別な輝きを増しているように思えるのだ。

アスファルトにゆらゆらとかげろうがたちのぼる暑さの中、体をなでる風の生ぬるさは、百歩譲っても爽やかとは言いがたい。サングラスの奥の世界までをオレンジ色に染めるほどの強烈な陽射しは、容赦なく頭上から照り付け、肌につき刺さり、エアコンを効かせていても首筋を汗がつたう。つまり真夏のオープンは、およそ清涼でも快適でもない。

その上、歳を重ねて曲がり角をもう何回超えたかわからない肌を無防備にさらすことはさすがにできず、今は少なくともキャップをかぶって乗る事が必至となっている。強力な効果の日焼け止めを、腕に塗りたくる面倒くささも受け入れている。

それでもノースリーブを選びたくなるのは、あのギラギラとした真夏の太陽だけが与えてくれる、どうしようもない開放感と解放感を1ミリでも多く、1分でも長く、享受したいからだ。

とりわけ海岸線を走る気分は格別で、オープン・ドライブにこれ以上の醍醐味はないんじゃないかとさえ思っている。水面を銀色に反射させながら、水平線まで続く海。頭上には、青い空がどこまでも広がっている。強烈な陽射しの暑さと潮の香りをおぼえながらそこを走っていると、自分の存在が空気に溶けていくような、太陽と同化していくような、そんな幸福感に包まれて、何だかちょっと感動してしまうのだ。

地球は確実に温暖化していて、35度を超す猛暑日も珍しくなくなっている。人体に悪影響のある紫外線が地上に降り注ぐ量も、目に見えて増加している。だから今、真夏の晴天にオープンカーの屋根を開けて走ったりしないのは正しい。ぐうの音も出ないほどに正しい。けれど正しいことと、良いこと、素敵なことが、必ずしもイコールじゃあないことを、人世の折り返し地点をとっくに過ぎて知っている。

だからまた今年も夏が来て、私はやっぱり、オープンカーで海岸線を走りたいなんて思っているのだ。ハンドルを握る両腕を、ギラつく太陽に焦げつけつかせながら。

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text:岡小百合/Sayuri Oka
大学卒業と同時に二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。
長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。
愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。



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