現代カーデザイン考

アヘッド 現代カーデザイン考

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クルマやバイクのデザインは、昔の方が良かったとよく言われるが、今のデザインは以前より本当に劣っているのだろうか。厳しくなった安全基準や環境規制がクルマのデザインの自由度を奪っていると聞く。またマーケティングやブランディング、さらに過去のデザインの呪縛も、新たなカタチを生み出す上での“縛り”になっているかも知れない。今回は現代におけるカーデザインについて考えてみたい。

text:嶋田智之、伊丹孝裕、吉田拓生、小沢コージ [aheadアーカイブス vol.168 2016年11月号]
Chapter
現代カーデザイン考
アストンマーティンの黄金比
日本にインダストリアルデザインを築いた「GK」
イギリスの恒久的な価値
現代カーデザインの流儀

現代カーデザイン考

アストンマーティンの黄金比

text:嶋田智之

 
スーパースポーツカーはドリームカーでもあるわけだから、スタイリングデザインからしてギュッと惹き付けてくれるだけのフォースを持ってないと、嘘だと思う。
 
その分野は基本的にイタリアンの独壇場で、いずれのブランドも自らの個性を極めて華やかなカタチで主張し、競い合うようにしてファン達を絡め取ってきた。けれどここ数年、その傍らで別の方角を眺めながら、英国生まれのアストンマーティンがいる。アストンも充分以上に美しくはあるけれど、抑制が効いていて、ワル目立ちはしないし競ったりもしない。チルディッシュなところが微塵もなく、極めてジェントルな優美さで、逆にそこに心を強く惹かれるのだ。
アストンマーティンのチーフクリエイティブオフィサーでありデザインディレクターでもあるマレク・ライヒマンは、その秘密について少しだけ明かしてくれた。アストンとレッドブル・レーシングが共同開発を進めているハイパーカー、AM-RB001の内覧会のために来日していて、少しだけ話しをすることが叶ったのだ。
 
目の前にあった001はコンセプトカーの段階だったが、ミドシップのロードカーであり、アストンとしては初めて参入するカテゴリーのクルマでもある。レッドブルのF1デザイナーであり稀代のエアロディナミシストでもあるエイドリアン・ニューウェイとライヒマンのチームの共同作品でもあるというのに、どこからどう見てもアストンマーティンのクルマにしか見えず、「なぜ?」と訊ねたのだった。

「確かにおっしゃるとおり、メカニカルレイアウトは全く異なりますし、エイドリアンのエアロダイナミクスをはじめとするアイデアはもちろん大きな柱として反映されています。ただし、クルマの印象を決めるのはプロポーションなんですよ。プロポーションの作り方がアストンマーティンなんです。
 
私達のチームは、アストンマーティンがどうあるべきかということを徹底的に知り尽くしているんです。彼らはアストンマーティンで長く仕事をしている人達で、同じデザイナーと同じモデラーが、DB11も作ればこの001も作ってるんです。同じ人の手でなされていくことは、とても大切なんです。優秀なシェフの料理は、メニューや素材や調味料が変わっても、そのシェフの味になるでしょう。それと同じことなんですよ。だからフロントエンジンでもミドエンジンでも、サルーンやSUVであったとしても、各部のフォームやラインの関係性などからアストンマーティンらしさを感じていただけるものになるんです。
 
例えばDB11はフロントが長くてキャビンから後ろが短く、001はフロントが短くキャビンから後ろが長い。けれど前後が逆なだけで、実は長さの比率はそう違ってはいないんです。どのモデルにも共通しているのは美しいプロポーションを突き詰めていることで、美しいプロポーションには黄金比と呼ばれるものが厳然と存在しています。それは常に同じ、5000年前も今も未来も変わらない、時代を超えた美しさの基準なんです。だからといって過去を模倣するのではなく、私達はその黄金比にドラマティックなラインを加えていくことで、何年経っても色褪せないスタイリングを作り上げていく。そこに妥協はありません」
 
この言葉の中にアストンマーティンのスタイリングデザインに関する哲学が詰まっているし、美しさの秘密も詰まっている。そして未来に向けたメッセージも。
 
アストンは今年デビューしたDB11を皮切りに年に1車種を目安とし、既存モデルのフルチェンジを含めた新型車を発表していく。それらを見られる日が待ち遠しい。
 
といって、これまでのモデル達の魅力が衰えるような気はしない。スーパーカーは型落ちになった途端に古めかしく感じられたりすることも少なくないが、例えばDB11と現行ラインアップを見較べてもそうは感じられないのだ。既にライヒマンが教えてくれたデザイン哲学が生きてるからだろう。
 
手に入れた1台と一緒にオーナーが心地好く枯れていくことのできる唯一のスーパースポーツカー。アストンマーティンとは、そういう存在なのかも知れない。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

日本にインダストリアルデザインを築いた「GK」

text:伊丹孝裕 


ヤマハらしいバイクとは? そう聞かれた時、多くの人がそこに美しく普遍的なスタイルを思い描く。流麗、繊細、優美…と、それを評する言葉は様々だが、そうしたイメージの構築に大きく貢献してきたのが「GK」と呼ばれるデザイン集団である。
 
GKとは「Group of Koike」の略称であり、東京芸術大学の学生グループが師事していた小池岩太朗助教授の名にちなんだもの。戦後復興のまっただ中にあった1952年に発足し、デザインの世界を志す何人かの学生が自発的に集まった、一種のゼミがその母体になった。
 
ゼミとはいえ、当時のGKは多くのデザインコンペで入賞を果たし、メーカーから報酬を得るまでになっていた。最初のクライアントは丸石自転車だ。自転車といえば黒く、無骨な車体が多勢を占めていた中、彼らは婦人向けにグレーとピンクをあしらったスリムな車体を提案して'55年に製品化。クイーン号と命名されたそれは大きな反響を呼び、7万円のデザイン料が支払われた。大卒の初任給が1万3000円弱という時代のことである。
 
学生たちが描いた理想がカタチになり、スケッチを超えてインダストリアルデザインへ、つまり大量生産される工業製品として世の中に認められ、さらには事業として回り始めた瞬間だった。
 
ヤマハとの関係はその少し前にさかのぼる。小池助教授がヤマハからアップライトピアノのデザインに関して意見を求められた際、その解決方法をすでにGKと名乗っていた学生達に委ねたことがきっかけになった。ヤマハはその若い感性を気に入り、設立の準備に取り掛かっていた2輪製造部門の仕事も彼らに委託。その結果として世に出たのが、ヤマハ初の量産車として知られるYA|1である。YA|1にもクイーン号に共通する美意識が強く見て取れ、その外装はアイボリーとマルーンで塗り分けられ、七宝焼きのエンブレムが備えられるなど他にない上質さに満ちていた。
 
以来、多くのヤマハ製バイクにGKが関与。その主体こそGKグループからGKインダストリアルデザイン研究所へ、そして現在のGKダイナミックスへと移り変わってきたが、いつの時代もGKの名のもとで形作られてきたのだ。
 
ピアノ製造メーカーとして明治時代に創業を開始したヤマハ(当時は日本楽器製造株式会社)にとって、2輪製造業への進出は社運を左右する大きな転機だったはず。にもかかわらず、重要な最初の1台を学生のグループに一任したという事実になにより驚かされるが、そのアイデアは日本楽器製造の代表を務めていた川上源一がアメリカの長期視察中に思いつき、決断したものだった。大国で見て、触れたタバコやクルマ、コカ・コーラ……。アメリカらしさを象徴するそういった数々の製品には例外なくデザイナーが関わり、クリエイターとして確固たる地位を築いていたことを知ったからである。
 
帰国後、川上は先のアップライトピアノの一件でGKに可能性を見出すと外部ブレーンとして登用。バイクのみならず、やがてボートやクルマ、スノーモービルなど、ヤマハが関わるあらゆる分野にそのセンスとアイデアを求め、彼らの自由な発想の中から必要なモノを汲み取っていくようになったのだ。
 
ちなみに、この時川上とともにアメリカを巡っていたのが、かの松下幸之助である。戦後復興の追い風を受け、2輪メーカー以上に電気メーカーが乱立し始めていたさなか、松下もまたデザイナーという存在の重要性に気づいていたが、こちらは外部ではなくそれを組織の一部にすべきだと考え、社内に製品意匠課を設立。技術者とともにデザインを理論的、構造的に進めていくという方法を取ったのである。もちろんいずれにも正否がないことは、両メーカーのその後の躍進を見れば分かる。
 
日本にはインダストリアルデザインという言葉もなかった時代にその価値に気づいたヤマハの先見性とそれをカタチにしてみせたGKの創造性。もしもどちらかが欠けていれば、「ヤマハらしさ」という問いに対する答えは、今とはずいぶん異なっていただろう。


 
モノをデザインするという概念をカタチや色で表現し、企業にその価値を認めさせ、さらには生活を豊かにする道具として世の中に送り出す。それを60年以上も前に思い描いて実践してしまったGKは、ベンチャー企業の先駆けと言って間違いない。
 
当初は5人の学生から始まったGKも、現在では計12社からなるホールディングカンパニーに成長。本社機能を持つGKデザイン機構を核に据え、GKインダストリアルデザインやGKダイナミックス、GK設計、GKグラフィックス、GKテックといったグループ会社が周囲を構成。さらには地域に根差したGK京都やGKデザイン総研広島、あるいはアメリカやオランダ、中国に構えられたデザインオフィスなどがそこに加わる。その活動範囲は薬のパッケージから成田エクスプレス、都市開発や地球環境に至るまで、モノの大小、有形無形も問わず多岐に渡る。
 
インダストリアルデザインとは、大量生産と消費をうながすための手段ではなく、そのカタチに必然性があるかどうか、手元に置くべき価値があるかどうかの審判を世の中のニーズに託し、人々の生活様式やマインドにまで影響をおよぼす、すべてのプロセスをいう。安ければいいというものではなく、かといって贅を極めればいいというものでもない。また、長く愛されるにこしたことはないが、そこで消費が止まってしまえば商品を送り出す側のメーカーが立ち行かなくなる。インダストリアルデザイナーとは、そのバランスを図るプランナー、もしくはプロデューサーとしての役割も求められるのだ。

「デザインが消費に傾くと質が落ちる。その昔、榮久庵がよく言っていました。モノは愛着を持って長く使ってもらうことが大事であり、モデルチェンジのためのモデルチェンジではなく、時代や環境によって必要性が生じた時、適切に行わなければいけないと。ところが多くの日本人はスクラップ&ビルドを好むため、そうした価値観が文化や伝統として継承され難い。常にジレンマを抱えていたのではないでしょうか」
 
そう語るのはバイクやレジャービークルを主に手掛けるGKダイナミックスの代表、菅原義治さんだ。ここで言う榮久庵とはGKグループの創設者であり、世界デザイン機構の会長なども歴任した榮久庵憲司さんのこと。既述のクイーン号やYA|1、そして誰もが一度は手にしたことがあるキッコーマンの卓上醤油瓶のデザインを手掛けた張本人としても広く知られている。
 
榮久庵さんが特に深く関わったヤマハの製品には、確かにそうした普遍性が色濃く反映され、異例とも言えるロングセラーモデルが多い。セローやV-MAXなどは30年以上、SRに至っては40年近い年月を必然性のある改良のみで乗り越えてきたことがなによりの証だろう。

「ヤマハの場合は確かにそうですが、ほとんどのデザインは長持ちすることよりもキャッチーであることが求められます。本来は進化論のように少しずつ機能を適応させていくべきところをとりあえず撃ちまくって当たるのを待つようなショットガン的なモノ作りが今は主流。結果的に撃っている本人もどこに向かって、なにを狙っているのか分からなくなる状態ですから、受け手はもっとそう。〝デザインなんてなんでもいい〟、〝安ければよし〟という方向にどんどん引っ張られていきがちです。デザインには基準がないからこそ、大衆が本当に望むカタチを突き詰め、それを超えるモノを作れるかどうか。我々の存在意義はそこにあるべきです。ある意味、デザインってお節介なものだと思います。ただし、そのお節介もいい意味で度が過ぎるとそこになんらかの価値が生まれ、逆にそれが中途半端だと消費者の心に響かず、それ以前にメーカーのエンジニアや設計者から相手にされず、カタチになることも世に出ることもないでしょう。お節介を他の言葉に置き換えるなら愛とか執念。決して爽やかできれいなものではなく、ドロドロとしたなにかのなれの果てがデザインの本質かもしれません」


 
1台のバイクを生み出す場合、エンジニアとデザイナーのアプローチはそれぞれでまったく異なるものの、カタチが出来上がっていく過程では様々な作業がリンクする。デザイナーは自分が思い描いた美しさや力強さを完成させるためにフレームの設計変更をエンジニアに求めることもあれば、エンジニアは理想のハンドリングを追求するために自らクレイを削ってパーツの形状変更をデザイナーに求めることもある。そうした過程の中から生まれる機能と性能に、美しい造形を融合させたカタチがヤマハらしさの真骨頂である。

「とはいえ、デザイナーがエンジニアリングの知識にも長けているかと言えば、必ずしもそうではなく、なまじ知っていると発想を邪魔しかねません。僕も最初は機械工学の勉強をしたり、バイクも上手に乗れるに越したことはないと思っていましたが、そのことをアメリカのマネージャーに相談すると〝ヨシハル、スペースシャトルのデザイナーは誰もそれに乗ったことがないし、エンジニアだって誰も操縦できない。まして宇宙に行ったこともないのにあの素晴らしいカタチと機能が出来上がる。すべてのことを知る必要はないが、機能美がなにかは常に考えているべきだ〟と言われて確かにそうだな、と」
 
そんな菅原さんに備わっているのはバランス感覚のようなものだろう。デザインさえできればOKというアーティストでも、利益優先のビジネスマンでもない。入社25年間のうち、15年間をアメリカで過ごしたせいか、GKグループ全体を俯瞰して見ている印象だ。

「アニミズムという言葉がありますよね? 自然界のすべてのモノには魂が宿り、人の手によって作られた道具にもその心が宿るという一種の精霊信仰です。榮久庵自身もそういう思想に立っていましたし、とても日本らしいモノの見方ですが、それは作り手に高い美意識があり、受け手には鑑賞眼や審美眼のようなものが備わっていてこそ成立するもの。ところが、最近のデザイナーはモノを見て捉えたカタチを紙にペンで表現する。そういう基本的なデッサン力さえ、衰えてきているように思います。主にデザインソフトの弊害だと思いますが、眼で見た生の情報よりもデジタルの数値や角度を優先してしまい、距離感や奥行が人間の眼を通したモノとして表現できないのです。だから検証にすごく時間が掛かり、出来上がったカタチにはドラマチックさやエンターテイメント性が感じられない。一方で昔ながらの絵はまずそれ自体が完成されていて、2次元でも、間違いなくいいプロポーションであることが分かります。例えばカーデザイナーの内田盾男さんがクルマの絵を描いたとしますよね。それを職人に見せるといきなりアルミを叩き始められるほど1枚の絵から発する情報量が多いのです。作り手には伝えたいメッセージが、受け手にはそれを解釈する素養がちゃんとあることの好例ですね」
 
もちろん昔と今では状況が違う。なにをするのにも法規制や環境問題が絡むために新しいなにかを生み出し難く、それをクリアしようとすれば社内の部署間で綿密に連携を取る必要性が飛躍的に増えた。ゆえに、とりわけメーカーに属さないGKのような組織がクルマやバイクの分野で活躍するには相当コンペティティブな力とそれ以上に高度なバランス力が求められていくことは明らかだ。
 
事実、ヤマハは'12年にそれまでなかったデザイン本部を社内に設立し、デザインのインハウス化を推進。これまでその裏方に徹していたGKダイナミックスの在り方は、榮久庵さんが亡くなったことも含めて('15年、85歳で逝去)、大きな転換期を迎えようとしている。
 
GKグループが今後なにを拠りどころにし、どこへ向かっていくのか。その行く先は、かつて榮久庵さんが送った後進へのエール、「冒険に喜びを見いだそう」というひと言に集約されているように思う。

▶︎憲司氏(1929〜2015)。東京藝術大学卒業後、日本貿易振興会(JETRO)のデザイン研究生として米国に留学。1957年GKインダストリアルデザイン研究所を設立。後にGKデザイングループ代表。1961年に榮久庵氏によって生み出された「しょうゆ卓上びん(野田醤油株式会社・現キッコーマン株式会社)」は特に有名。世界的に活躍する偉大なるデザイナーであった。
▶︎Hi-Fiチューナー「R-3」(1954年)
日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)のハイファイシリーズのデザイン。アメリカ的な商業デザインが主流だった1950年代に、シンプルかつ気品ある製品を生み出したことは注目に値する。デザインに対する明確な哲学があったのだろうと想像できる。
▶︎成田エクスプレスE259系(2009年、東日本旅客鉄道株式会社) 
「土地に固定されていない“動くもの”であっても、その地で形作られた象徴的なものであればその国のアイデンティティになり得る」という考えに立って、鉄道車両などの公共交通をデザインしている。
▶︎第40回東京モーターショー2007に出展されたヤマハのコンセプトモデル「XS-V1 Sakura」。1970年にヤマハ初の4ストロークモデルとして発表されたXS-1と、現代の和のテイストを最先端の技術で融合。当時、大きな話題となった。
▶︎株式会社GKダイナミックス代表取締役社長・菅原義治氏。1966年生まれ。立教大学経済学部卒業。GKダイナミックス、GK Design International Inc.(L.A.)で、プロダクトデザイナーとしてバギーやスノーモービルなどを手がける。デザインディレクター、プロダクトマネージャーとしての経験を活かし、GKのトップとして新たなデザインの可能性に臨む。

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

イギリスの恒久的な価値

text:吉田拓生


名を上げたデザイナーが世界中のメーカーを渡り歩き、一方では厳しさを増す安全規則がカーデザインの逐一にまで影響を及ぼしている。もうアメリカ車だからといって闇雲にスケールを拡大することは許されないし、時代が求める全方位的な性能を満たすには、例えMINIでもミニマムではいられない。だからこそ昨今の自動車はエンブレムを付け替えれば、どのブランドの商品にでもなり代われる、そんな臭いがするのだろう。
 
では自動車系の雑誌をついつい手に取ってしまうような好き者の好奇心は、どこへ向けて発散されるべきか。スピードの時代はとっくに崩壊している。流行に影響された表面的なデザインには目を背けるべきだろう。しかし歴史的な背景を軽んじることはできない。模倣に頼らないのであれば、自らが歴史と伝統の持ち主でなければならない。つまり間違いがない選択肢は英国車である。
 
自動車の世界で、機能に先立ってデザインが論じられることが多いのは、それが売り上げに直結する事柄だからである。だからこそ、昨今のデザイナーは流行を捉えることから作業をスタートさせるし、メーカーもマイナーチェンジなどと言っては3年半ごとのお化粧直しに余念がない。もちろん英国車だってお化粧直しはするが、ベースとなるデザインに込められた寿命が決定的に異なる。英国車のデザインはいつの時代も国土や建築、社会構造や国民生活の反映として、ゆったりとしたペースで時を刻んでいる。だからこそ資本のほとんどを他国の自動車メーカーに握られてしまった現代においても、英国車のテイストはぶれることなく個性的なのである。
 
そんな英国車の最新のトピックは伝統に根ざしながらも奇抜だ。それは温故知新などといった生易しいものではなく、純粋な先祖返りのようにも思える。
 
ジャガーは'60年代のGTレーシングカーであるEタイプ・ライトウェイトや、ル・マン・ウィナーであるDタイプのロードゴーイングモデル(XKSS)といった、歴史的なスポーツモデルをごく少数ではあるがリプロダクトし販売している。ランドローバーはつい先ごろ、ブランドの源流に直結していたディフェンダーの生産を終了し、そのラストモデルに草創期の意匠を盛り込んできた。また同社は1940年代に生産されたシリーズ1と呼ばれるオールドモデルを徹底的にレストレーションし「リボーン(再生)」と題して25台を販売するという前例のないプロジェクトすら遂行している。レプリカの製作やオールドモデルのレストアは、ショップレベルの仕事であり、元来自動車メーカーが首を突っ込む分野ではなかった。なぜなら、過去の産物に光を当て、それを販売するのは、消費を重ねることで進化し成立する資本主義の根幹を揺るがす行為だからである。
 
一方、ロータスからケータハムに生産が移管されたライトウェイトスポーツカーの始祖である「セブン」は来年60周年を迎える。そこでケータハムは、60年代初頭のイメージを忠実に盛り込んだセブンの限定生産を発表したのだが、注文が殺到したため60台限定ではなく期間限定へと主旨変えを迫られた。

「進歩なきは退化と見なす」という傾向は自動車に限らない。だがしかし、英国車シーンは退化しているのだろうか。少しもそうは見えない。彼らは自らの伝統を少しずつ切り売りしてお小遣い稼ぎがしたいのではない。むしろ、勢いがある今だからこそ、自らの過去を再確認し名車を称え、そうすることで未来の英国車のスタイリングに説得力を与えているのである。英国車を形容する時によく用いられるエバーグリーンという言葉はけだし名言である。
ケータハム・セブンスプリント
来年のロータス・セブン生誕60周年を記念して発売される限定モデル。セブン160と同様にスズキの軽自動車用エンジンを採用。往年のクラムシェルタイプのフェンダーやモトリタのウッドリムステアリング、クロームメッキベゼルのスミスメーターなど、60年代を彷彿させるアイテムを満載。¥4,698,000(税込)
ジャガーFタイプ プロジェクト7
現行モデルのジャガーFタイプをベースにスーパーチャージャーを追加して575psを発揮する。内外装のカラーリングは50年代にル・マン24hで3連勝したレーシングカーのDタイプをモチーフにしている。日本限定3台¥21,322,000。
ジャガーXKSS
1957年にジャガーはレース専用モデルであるDタイプの公道バージョンとして「XKSS」を25台限定で販売する予定だったが、工場火災により16台で生産を断念。しかし今年の3月、約60年ぶりに残り9台を再生産することを発表した。
ジャガーEタイプライトウエイト
1963年に18台生産される予定だったが、実際には12台しか制作されておらず、残りの6台を2014年から製造販売した。1964年の最後に出荷された個体をスキャンしてオリジナルを忠実に再現、価格は約1億7400万円と高価だが即完売。
ランドローバー シリーズ1 リボーン
今年4月、ランドローバーの原点とも言える1948年に発売されたシリーズ1を完全にレストアして販売するプロジェクトが発表された。価格は6万〜8万ポンドで25台限定。2種あるホイールベースと当時のカラーリングを5色から選択可能。

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text:吉田拓生/Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車専門誌に12年在籍した後、2005年にフリーライターとして独立。新旧あらゆるスポーツカーのドライビングインプレッションを得意としている。東京から一時間ほどの海に近い森の中に住み、畑を耕し薪で暖をとるカントリーライフの実践者でもある。

現代カーデザインの流儀

text:小沢コージ

 
自動車評論の中で最も簡単かつ難しいのがエクステリアデザインだ。理由は誰でもわかるだろう。美的感覚には俗に「正解」がないし、「絶対基準」がないと言われているからである。速さ、広さ、燃費はある程度数値化できるし、ランキングも付けられるが、美やカッコ良さは基本数値化できないし、「結局は主観でしょ?」とは良く言われる話だ。
 
一方、逆に「美に絶対基準はある」という意見もあって、知り合いのカーデザイナーはみな「ある」と答える。「誰もが洋画のモナリザやひまわりを醜いという人はいないし、女優さんだってそうでしょう?」と。
 
確かにその通り。昔で言えば吉永早百合、ちょっと前なら後藤久美子、最近ならば米倉涼子でも石原さとみでもいい。好き好きあるだろうが、等しくみな美人に違いない。それからブリジット・バルドーでもアンジェリーナ・ジョリーでもニコール・キッドマンでもいい。元の感覚や背負ってきた文化がまったく違うはずの欧米女優でも不思議に美人と思える。極端な話、日本の三枚目を売りにする女性芸人と比べて「どっちが美人?」って聞かれて後者を取る人はほとんどいないはずだ。やはり美に基準は確実にあるのである。
 
そこで最近の日本車のエクステリアデザインであり、欧米車のそれだ。「最近冴えない」とはよく言われることだし、「昔は良かった」とか「トヨタはカッコ悪い」「最近のホンダはイマイチだね」も定番の感想だ。
 
分かり易い例が、フェラーリやシトロエンだろう。昔のスーパーカー、512BB、テスタロッサに比べて、今の458イタリアやラ・フェラーリは本当にカッコいいのだろうか? ましてやシトロエンだ。昔のDS、GS、SMに比べて、今のDS4やC3の方がインパクトがあるという人はまずいない。確かに昔のカーデザインもまたカッコいいのである。
 
ただしここには理由があってそれは「クルマの美しさには原型であり黄金比がある」のと「法律の厳しさ」だ。おそらく今のミッドシップフェラーリの美しさの一部の原点は80年代にある。最新フェラーリは、そのリバイバルだったり、デフォルメだったり、原型にある種の要素を加えて今風にアレンジされている場合が多い。
 
事実いつまでも同じデザインを作り続けることはできないし、現代の厳しい自動車関連の法律により作れなくなったカタチは確実にある。つまり黄金比を保てないわけで、カッコ悪さ、キレの悪さはある意味仕方ないことなのだ。
 
一方、昔から「日本車はカッコ悪い」と言われ易く逆に「欧州車はカッコいい」とか「ヨーロッパ車はなぜブランド内で大中小みな同じデザインなのか?」とも良く言われる。
 
ここにも明確な理由がある。ビジネス戦略がまったく違うのだ。メルセデスが特に顕著だが、あそこはハードウェアだけでなく、歴史をそのものを売っている。メルセデスの歴史=自動車の歴史なのだ。すると自ずとデザインは変える必要がないどころか、変えてはいけない部分が出てくる。それは日本でも同じで、とらやの羊羹でも老舗のミソでも醤油でも歌舞伎でもいい。伝統芸能は変えてはいけないし、変えないことに意味がある。似通ってくるのも当然なのだ。
 
それに比べて日本の自動車産業は、そもそもコピー産業から始まったものだ。古いクラウンはどこかアメリカ車の要素が入っているし、ときおりメルセデスの要素も入っている。そして代わりに「安さ」と「信頼性」を売ってきた。同じ自動車を売っているようで実は全く違う商売をしているのだ。
 
そもそもデザインであり美意識にそれほど自信がないし、執着もない。歴史的にデザインで世界を驚かせようとも、伝説を作ろうともしていないのだ。だから80年代に日産のBeー1が生んだリバイバルデザインを、BMWにあっさり奪われ、ミニを作られてしまッたのだ。
 
しかしそれは日本が敗戦の中から這い上がり、西洋に追い付き追い越すための苦肉の戦略でもあった。もういたずらに振り返るのはやめたい。
 
ここから脱却するには、もう世界の誰しもが認める自動車の美の基準であり、新しい黄金比を新しく作り上げるしかないだろう。無理だろうというなかれ。最近のアストンマーティンはイギリスの古典的FRスタイルを研ぎすませたように感じるし、ポルシェ・カイエンに代表されるプレミアムSUVは新しいカーデザインのジャンルを作った。まだまだ新たなカッコ良さが生まれる余地はある。
 
とりあえずはマツダであり、レクサス、さらにスズキにそれを期待したいと私は思う。

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text:小沢コージ/Koji Ozawa
雑誌、ウェブ、ラジオなどで活躍中の “バラエティ自動車ジャーナリスト”。自動車メーカーを経て二玄社に入社、『NAVI』の編集に携わる。現在は『ベストカー』『日経トレンディネット』などに連載を持つ。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、トヨタ iQなど。
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