定番を売るということ

アヘッド 定番を売るということ

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親から子へ、職人から職人へと引き継がれ、誰が作っても同じものができる。そんなもののことを「定番」と言うのではないか。ずっとそう思っていた。でもここには、ちょっとちがう「定番」の姿がある。

text:まるも亜希子、岡小百合 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.157 2015年12月号]
Chapter
ネグローニ : 受け継がれた定番
スタジオ オリベ : 定番だけを作り続ける

ネグローニ : 受け継がれた定番

text:まるも亜希子


今や日本発のドライビングシューズブランドとして、唯一無二の地位を確立しているネグローニは、古くは「靴の町」として栄えた浅草にほど近い、南千住をルーツとしている。

隅田川を横目に眺めながら、工場とショールームが一体となったようなオフィスを訪ねると、30歳の若さで二代目を継いだブランドディレクター、宮部修平さんが爽やかな笑顔で出迎えてくれた。

その隣りで微笑んでいるのは、お母様である取締役社長の明美さんだ。先代の修一さんが亡くなってから、まだ1年半あまり。怒濤の日々を過ごしてきたことは想像に難くないというのに、そんなことは微塵も感じさせず温かい言葉をかけてくれる。明美さんのこの人柄が、ネグローニをずっと陰で支えてきているのだろうと感じる。
2階のショールームに入ると、まず目に飛び込んでくるのは完璧にディスプレイされた、新生ネグローニが創り出す世界観だ。でもどこか、その世界だけに留まらない不思議な感覚をおぼえる。片側がガラス張りになっていて、そこから工場の製造風景が一望できるという、ちょっと新鮮なレイアウトがその一因だろうか。

ひと昔前ならば、お客様に見せるのはショールームでの完璧な世界観だけで、そのいわば舞台裏は隠すのが常識だったはず。あえて、商品を手に取りながらその製造過程を見てもらおうという発想は、それによってより深くブランドを理解してもらいたい、安心や信頼を届けたいという修平さんの想いに加えて、世代ならではの感性がもたらしたものにちがいない。
シューズだけでなく、バッグ、キーケース、ポーチとさまざまな商品が並ぶショールームはつい目移りしてしまうが、やはりスッと手に取るのは「ネグローニといえば、これ」と言える馴染みのあるドライビングシューズ、「イデア」だ。

先代がどっぷりとドライビングシューズ・メカニズムの研究に没頭し、ようやく生まれたこの一足は、のちにネグローニのベースコンセプトとなる多くの技術によって成り立ち、ドライビングと歩行における絶妙なバランスがネグローニのドライビング・フィロソフィーを決定づけたものだという。

さらに、形状を変えることのできるウェットカーボンを見つけた先代が、「カーボンが靴に使える時代が来た」と歓び、誕生したのが「イデア」のハイエンドバージョンである「イデアコルサ」だ。まるでカーボンに浮き彫りになるような「n」のエンブレムが印象的で、立体成型でヒールホールド性が飛躍的に向上したバケット・インソールも初採用されている。そしてこれが、先代が手がけた最後のモデルとなった。
「父が生きている頃は、しょっちゅう衝突していましたね。ほんの小さなことでも、まるでコンペをするようにバチバチと火花を散らして闘って、ライバルのような凌ぎあいをしていました。今では、自分と相手の感性を正直にぶつけ合える関係というのは、良かったのかなと思えますけどね」

そんな修平さんが、実は先代の生前にデザインして、何も知らせずにリリースしてしまったモデルがある。当時、修平さんは焦っていたのだという。ネグローニの顔として「イデア」が浸透してきたのはいいが、このままいくと世界が狭くなってしまうのではないか。nのエンブレムやスニーカータイプにとらわれ過ぎていないか。

でもそれを先代には言い出せないまま、一度ゼロにリセットしたいとの想いで生み出したのが、チャッカーブーツタイプの「クワトロ」だった。この、一見するとオーセンティックなチャッカーブーツにしか見えないデザインにも、修平さんならではの感性がある。
▶︎修平さんが手がけたフィオラノ。着脱しやすいようにベルト タイプのストラップをジェラルミン製のフックに改良した。


「取引先の会社などを訪問した時に、スニーカーでエントランスを抜けるのがイヤだったんですよ。だから、機能はしっかりとドライビングシューズでありながら、そうは見えない、スーツにも似合うようなデザインが欲しいと思ったんです。それまでは、木型をプレーンで使うというのもタブーだったんですけど、それもゼロに戻して。〝ドライビングシューズだったら、何をやってもいい〟という発想に切り替えたんです」

繊細でタフなスポーツドライビングを可能にするという、ネグローニの哲学は「イデア」と変わらない。でもまったく別の顔をもつ「クワトロ」が完成したことによって、修平さんはさらなるチャレンジに打って出る。チャッカーブーツよりももっとトラディショナルなイメージのある、ダブルモンク・ストラップをドライビングシューズとして再解釈しようとしたのだ。

それは、「父と直線的に同じことはしたくないんです。なんというか、死んだあともまだ勝負が続いているような感じなんです」と言う修平さんが、初めて真っ向から父に挑んだものだったのかもしれない。定番を超えたいという想い、修平さんにしか創れない定番を創るんだという想い。さまざまな想いがあったのではないだろうか。
その挑戦は簡単ではなかった。でも試行錯誤の末、完成した「フィオラノ」は、未だかつて誰も見たことのない、新感覚のドライビングシューズになった。しかも、スニーカータイプよりも何よりも、ネグローニ史上最高のフィット感という、誰もが驚く成果を導き出したのだった。

「フィオラノには、新しいネグローニの哲学が込められたと思います。時代を求めた結果でもあるし、若い世代の感性にも響くものになりました。でも、実は木型とソールはイデアと一緒なんです。あらためて、定番がちゃんとあるから、こっちができたのだと思うし、引き立て合うことができたのだと思いますね」

あれだけ衝突してきた先代だが、修平さんにとって、ひとつだけ素直に同意できる考え方があったという。それは、「シーズンごとに、デザインをいろいろ作るな」というもの。お客様にとっては、いつまでも同じ靴を履くことができる。

長い期間をかけて、その靴を楽しんでもらえるようにしたいという考え方だ。そこに修平さんは、新しいデザインをリリースしていくにあたり、「ひとつひとつの履き心地、楽しみ方は変えていく」ことをプラスした。ネグローニの靴はどれを履いても同じというのではなく、「こんなシステムが隠れてたのか、とお客様に発見してほしい」のだという。
父が生んだ定番は今、息子の感性によって新たな息吹が吹き込まれ、その世界をどんどん広げていっている。それはきっと、定番とは人が生きた証でもあるからではないだろうか。

「僕がイデアに手を加えることは、もう無いと思うんです。でも、なんかアイツにはいつまでも頑張って居座って欲しい。そんなふうに思っています」

亡くなってもなお、息子にとって父の存在は大きい。だからこそ、息子もそれを超えようと大きくなれる。定番というものが映し出す、親子だからこその葛藤や愛情が、ここにあふれていると感じた。

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text:まるも亜希子/Akiko Marumo
エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集者を経て、カーライフジャーナリストとして独立。ファミリーや女性に対するクルマの魅力解説には定評があり、雑誌やWeb、トークショーなど幅広い分野で活躍中。国際ラリーや国内耐久レースなどモータースポーツにも参戦している。

スタジオ オリベ : 定番だけを作り続ける

text:岡小百合


「スタジオ・オリベ」のことを知ったのは、偶然からだった。オリジナルブランドの「スタジオ・オリベ」(以下、オリベ)を発信するアパレルショップが、鎌倉にある「ジェームス&コー」だ。

その店頭にたたずんでいたクラシックなバイク、「トライアンフ ボンネビル」に引き寄せられて、本誌の編集長が文字通りふらりと立ち寄った。それがきっかけだった。

群れるのが嫌いな一匹オオカミ。バイクのことを語らせたら1日じゃ終わらないが、ファッションのこだわりなら1分で終わる…。そんな編集長が、なぜアパレルブランドに興味を持ったのか。ショップを訪ねて、その理由が少し分かった気がした。
源氏のお膝元として知られる鎌倉。春は桜、秋は紅葉、四季折々に花に包まれる古の都は、寺社巡りをたのしむ観光スポットとして安定した人気を誇る。鎌倉はまた、日本一の海水浴客数を数える湘南海岸の一画をなす地域でもある。

海沿いにはアメリカ西海岸を彷彿させるレストランが点在し、サザンオールスターズやユーミンが歌に描いた、おしゃれなショーナンを求めてやってくる若者たちが、引きも切らない。「ジェームス&コー」はそういう街にある。

賑いの目抜き通り、若宮大路から一本入った由比ガ浜通り。民家の間に、老舗の和菓子店や骨董店、ナチュラルな雑貨ショップなどが並ぶ道。お米を炊く夕げの匂いと、カフェから流れてくるハーブティーの香りとが、ほどよく混じり合い、ほっとする。そんな道に、「ジェームス&コー」の風情は、うまく調和していた。
木材を多用し、海風が吹き抜けるような爽やかさでまとめられた店内に揃ったアイテムは、一言でいえばシンプルで素直。コットン・シャツ、デニムのパンツ、クルーネックのニット、ステンカラーのブルゾン…。どれも奇をてらったところがない。ひねっていない。それでいて、時代に遅れず、決して早すぎもしない。

いつものコーディネートに一つ加えるだけで格段に今っぽくなる、というわけではないが、一つ加えると、いつも以上に素の自分でいられそう。そんな服たちだ。
オリベは、そのラインアップの主軸に据えられたブランドの一つだ。特筆すべきは「定番しか作らない」メーカーであるということ。それも10年も前から! 断捨離ブームが継続し、シンプルな暮し方が注目されている今でこそ、定番アイテムを生産するアパレルメーカーも、ぽつりぽつりと登場するようになった。

しかし、「当時は関係者からも驚かれましたね。そういうメーカーは他にありませんでしたから」と、オーナー兼企画担当の塩谷雅芳さん(52歳)は言う。

オリベの始まりは17年前にさかのぼる。塩谷さんと、デザインを専攻していた学生時代の友人が一緒に立ち上げたのだ。ブランドの魂とでも言えそうな清潔なデザインは、その頃からの初志だが、当時は「もっと幅広く」アイテムを展開していたという。

シーズンごとに流行を盛り込んだ新商品を開発し、いわゆるセオリー通りにビジネスをしていた。ヒット商品もあった。名だたるセレクトショップなどからの信頼も得た。会社も成長した。時間に追われつつ、時間を追いかけるような日常は、「刺激的でもあった」と塩谷さんは振り返る。
そうした刺激を捨て去って、オリベを安定した定番商品だけのメーカーへと切り替えたのは、「追いかけるのをやめようと思ったから」だという。さらりとした口調で塩谷さんはそう言うのだが、それ以降、オリベが扱っているのはパンツ4型、ジャケット1型、つまり全5アイテムのみ。

潔い転換と思えるが、実は長年の経験に基づいた「自然なやり方」なのだと説明してくれた。「どんなに大ヒットが出たシーズンも、がらっと流行が変わった季節にも、いつも継続して受注がある品番の商品があったのです。こちらの意図に関わらず。

ならば、それだけを作り続ける。そういうやり方もありだなと」 品質と機能と値段。そのすべてが適正であれば「大丈夫」との自信もあった。だから挑戦的にすら見える今のオリベの在り方は、「お客様が育ててくれた」結果だと、塩谷さんは受け止めている。

「必要以上にモノがある。そういう時代だからこそ、必要なものだけをしっかりと提供し続ける。そういうメーカーがあっても、いいじゃないですか」

オリベには流行を追いかけた新しいデザインがない。その代わり、定番が、いつでも必ずある。その特徴を、「卒業しなくていい服」と塩谷さんは語る。プレーンなデザインと品質の良さは、似合う人の性別も年齢も問わない。しかも、バイク乗りでもある塩谷さんが企画したパンツとジャケットは、バイクや自転車に乗る人の心をくすぐりもする。

「風にバタつかないカーゴパンツが欲しくて」できた8ポケットパンツは、その代表だ。「履き古しちゃったから」と、定期的に同じものを買ってくれる固定ファンも多いと聞いた。
「特に、どんな方に着てほしいですか?」 あえて聞いてみた。「どんな方にも、です」

個性的であることが肝心なアパレルメーカーとしては、没個性のレッテルを貼られかねない、危険な回答かもしれない。受け身だと解釈することもできてしまいそうだ。けれど塩谷さんの感性が、潜在的なポリシーとなって、オリベというブランドを貫いているように思えてならなかった。

それに気付いたのは、インテリアとして壁を飾る2枚のサーフボードが目に入ったからだった。1枚はレジェンド・サーファー、グレッグ・ノールの名を冠したロングボード。カリフォルニアで買い求めた'60年代のビンテージだ。もう1枚は、オーストラリアで見つけたショートボード。ブランドは不明。「やれ方がいい塩梅で」日本に連れて帰ったのだという。

有名無名に関わらず「時代が移っても価値が変わらないものが好き」という塩谷さんの感性そのもの。
取材メモを書き留めている間に、本誌のスタッフが試着室に入った。他のスタッフも、パンツを手に取って手触りを確かめている。筋肉質の男性カメラマン、小柄で華奢で「おしゃれが苦手」な女性編集者、そして編集長も。

「ご夫婦や親子3代で、同じものを揃える方もいらっしゃるんです。うちの服を着てくれれば、バイクのツーリングから、学校の父兄参観日まで、どんなシーンでも大丈夫」 試着後の服をたたみながらそう言うと、愛馬のトライアンフを一瞥して、塩谷さんは穏やかな笑みを浮かべた。

JAMES & CO.

JAMES & CO.では、スタジオ・オリベとデリシャスの2つのブランドを展開している。スタジオ・オリベは定番のみ。デリシャスではシンプルなデザインをベースに、“ちょっと気分の色付けになるような”商品もつくっている。http://james-co.jp/

住所:神奈川県鎌倉市由比ヶ浜2-6-20 
電話:0467(81)4947
営業時間:12:00〜18:00

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text:岡小百合/Sayuri Oka
大学卒業と同時に二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。
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