クルマとバイクに関する本

30年以上前に当時の若者の心をとらえた片岡義男の小説を現代の若者が読むと、どう感じるのか。かつて雑誌「NAVI」で松本 葉の連載を担当した編集者は彼女のデビュー作をどのように紹介してくれるのか。また、五大陸をオートバイで走破した戸井十月のドキュメンタリーは、旅人でもある山下 剛に何をもたらすのだろうか。

text:伊丹孝裕、山下剛、岡小百合、岡崎心太朗、松本葉、若林葉子 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.154 2015年9月号]

Chapter
クルマにも感情があることを気付かされる一冊
戸井十月の生き方が鮮やかによみがえる
「おしゃべりなクルマたち」著者のデビュー作
35年前の片岡ワールドを現代の20代が読む
メインキャストはシトロエンドーシボー
親から子へ受け継がれるクルマの絵本
アヘッド おしゃべり

クルマにも感情があることを気付かされる一冊

アヘッド おしゃべり

text:伊丹孝裕

本書のタイトルはご覧の通りの『ガソリン生活』。そして本に巻かれた帯には「望月家のみんなを乗せて緑デミオが今日も走る!」という見出しが躍っている。どこからどう連想してもハートウォーミングなライトノベルにしか思えないが、これがなかなかハードである。

クルマの炎上、幾人かの事故死、イジメや脅し、果ては殺人や死体運びといった事件事故に母ひとり子ども3人の一家、つまり望月家が徐々に巻き込まれていく……という言わばアクションとサスペンスとミステリーのフルコース。

特に前半はタイトルのイメージと実際の内容を擦り合わせ、納得するのに時間とページ数を要するかもしれない。極めつけは、そうした諸々の騒動が望月家所有の緑色のデミオの目線を通して描かれるというファンタジーまでもが加わることで、むしろそれこそがこの小説の主軸。人間の言葉を理解し、クルマ同士で会話する緑デミ(クルマ仲間からはそう呼ばれている)こそが、ストーリーテラーなのだ。

そんな『ガソリン生活』の楽しみ方はいくつもある。一篇の小説として単純に読み進めていくのももちろんいいが、例えば著者の伊坂幸太郎が文中に散りばめた伏線を少しずつかき集めていくこともそのひとつ。途中、腑に落ちなかったことが物語の後半で徐々に収束していく様はなかなか心地よく、「あぁそういうことか!」が決定的になる前に、自分なりにちょっと推理しておくのも楽しい。

そしてなにより、クルマたちが感じている喜びや悲しみ、人間の運転や仕草に対する気持ちの吐露こそが本書の醍醐味だ。車輪の多い電車はクルマにとって敬意を払うべき相手であり、踏切に差し掛かる度に胸を高鳴らせていること。

逆に2輪しかない自転車やバイクとは意志疎通がまったくできないこと。操作もしていないのに不意にワイパーが動くことがあれば、それはクルマの感情の高ぶりであること。人間に乱暴な運転をされる時、クルマは恐怖を消すために自ら意識を失っていること……などなど、クルマ好きを自負する人ほど耳が痛くなり、ハッと気づかされ、愛おしくなる彼らの秘めた思いの数々が全編に渡って散りばめられているのだ。

そんな物語のエピローグは望月家の10年後。その読後はきっと誰もがクルマに優しくなり、ひと知れず話かけてみたくなるんじゃないかと思う。

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

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