岡崎五朗のクルマでいきたい vol.65 徳大寺有恒という存在

徳大寺有恒さんに初めて会ったのは1988年。とある雑誌の対談連載で司会進行と対談原稿の作成を担当したのがきっかけだった。自動車本の中で唯一のベストセラーになった「間違いだらけのクルマ選び」の著者としてすでに有名だった徳大寺さんだが、その風貌や独特の語り口からして超個性的な人だった。そこにいるだけで独特の空気感が生まれた。たとえ自動車メーカーの社長をゲストに招いても徳大寺ワールドが薄まることなど決してなかった。

text:岡崎五朗 [aheadアーカイブス vol.145 2014年12月号]

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vol.65 徳大寺有恒という存在
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けれど、この人は本当にスゴい人だなと思ったのは、対談の録音テープを聞きながら原稿にまとめていくときだった。普通、話し言葉は不明確だったり、前後の辻褄が合っていなかったりするもので、そのまま文字にしても原稿としては使い物にならない。けれど徳大寺さんは違った。話し言葉をそのまま文字に起こすだけで立派な原稿になったのだ。

それも、文学的な香りすら漂わせる名文に。いろいろな対談のまとめやインタビュー原稿を書いてきたが、話し言葉がそのまま名文になってしまうのは後にも先にも徳大寺さんだけだ。しかもその言葉はどれも示唆に富み、いま読み返すと予言者の言葉を聞いているような気分になる。
 
一大センセーションを巻き起こした記念すべき「76年版間違いだらけのクルマ選び」のまえがきに、次のような一文がある。『メーカーはクルマに対するユーザーの意識が低いのを幸い、低俗で理想にほど遠いクルマをつくり続けている。(中略)筆者は日本のクルマを愛するがゆえに、国産車の現状に警笛を打ち鳴らすのである』
 
間違いだらけ以前の自動車ジャーナリズムには辛らつな批判が歓迎されない雰囲気があったと聞く。もし徳大寺さんがいなかったら、いまこうして僕が自由に原稿を書いていられたかどうか。そう考えると偉大さが身に染みる。
 
いつだったか「五朗、クルマってやつはおまえが思っている以上に面白いものだぞ」と声をかけてくれたことがある。きっとどこかで僕が書いたつまらない原稿を読んだのだろう。愛情に裏打ちされた批判精神を常に忘れず、クルマをもっと面白くしていく。徳大寺さんの遺志を、今度は僕らが引き継いでいく番だ。心よりご冥福をお祈りします。

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