なぜ、メーカーは姉妹車を作るのか?

姉妹車とは?その例とは?

一般に自動車メーカーにおける「姉妹車」とは、基本的なエンジニアリング・ボディ・デザインは共通でありながら、フロントマスクやリアコンビの意匠を一部変更。異なる車種として販売されている車両のことです。

バブル期には姉妹車戦略が顕著で、有名だったのは日産です。チェリー店向けの「パルサー」をベースに、プリンス店向けにスカイラインテイストを加味した「ラングレー」、日産店向けにバイオレット・リベルタの後継車として投入した「リベルタ・ビラ」があります。

さらにサニー店専売車「サニー」の姉妹車が、日産モーター店向けにローレルのイメージを投影した「ローレルスピリット」でした。

日産の小型車はサニー/パルサーを中核とし、5店舗向けにそれぞれ味付けを変えて提供することで、ユーザーの多様な趣味嗜好に対応していたのです。

姉妹車による自動車メーカーへの効果

日本車の姉妹車は、1970年代の発祥です。急速に普及する自動車、それにともない自動車販売店も数多く設立されます。この際、多チャンネル販売店体制が構築され、各店舗用専売車を開発しようにも開発リソースが足りず、同じ車種を販売することに店舗側が抵抗し、姉妹車の考案にいたります。

姉妹車戦略の良い点としては、開発費を最小限に押さえて多品種展開が可能であること。バブル期の日産の例で言えば、前述したパルサー/ラングレー/リベルタビラに相当します。またこの3車種ならパルサーがヒットすれば、他2車種の開発費用も回収できる公算が高く、低リスクな事業とも言えます。実際、この時代はパルサーはシルバーの3ドアHBが大人気で、ラングレーとリベルタビラの人気はパルサーには及びおよびませんでした。

一方悪い点としては、デザインが変わっただけ、没個性などと厳しく評価されやすいことです。特にラングレーは、スカイラインの弟分としてスカイラインの意匠を採用しましたが、中身はパルサー。スカイラインのイメージにユーザーが期待する、運動性能の高さは実現できておらず、期待したぶん失望も大きいものでした。

日産 パルサー

日産 パルサー 1986 3ドア ハッチバック

日産 ラングレー

日産 ラングレー 1986 3ドア ハッチバック

日産 リベルタビラ

日産 リベルタビラ 1986 3ドア ハッチバック

現代における姉妹車戦略

トヨタ ルーミー タンク

現代における姉妹車戦略は、バブル時代よりさらに大胆になっています。たとえばハイエースバンと姉妹車のレジアスエース。デザイン上、見た目はまるで変わらず、違うのは販売店と車名とロゴだけ。もはやデザインすら変更しない大胆さです。

さらにはダイハツ トールは、トヨタではルーミー/タンクとして、またスバルではジャスティとして販売されます。このように現代の姉妹車は、ブランドを超え、グループ企業内でも展開されています。この4車も、違うのは企業CIロゴだけで、車種により2種類のフロントグリルとリアコンビの組合せを変更しているだけです。このケースは他にも、日産 セレナとスズキ ランディ、トヨタ カムリとダイハツ アルティスでも採用されています。

ただバブル時代の姉妹車より、明らかに劣る部分もあります。それは、デザインや車種コンセプトに差異を感じないことです。バブル時代のパルサーやサニーの姉妹車は、各販売店の人気車種と共通性をもたせ、ベース車両との明確な違いを生み出そうとしていました。

このような意図は、現代の姉妹車には感じません。コスト圧縮という観点では、バブル期を上回る効率の良さが期待できますが、自動車に対する愛着という点ではバブル期のようなこだわりを感じることができず、寂しい限りです。

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