美しすぎる!初代フェアレディZが今でも愛される理由!

1969年!初代フェアレディZ登場

フェアレディZ Z432

フェアレディは、高性能かつ安価なスポーツカーを目指し、ダットサン フェアレディの後継モデルとして1960年に登場。約10年間オープンスポーツカーとして活躍してきました。

ちなみにフェアレディという車名は、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』に由来します。

初代フェアレディZは、東名高速道路が全通し、日産のサファリラリークラス優勝を題材した石原裕次郎氏主演の映画『栄光への5,000キロ』が大ヒットを記録した1969年に登場しました。

この年には、スバルのff-1やホンダの1300がデビュー。テレビでは、サザエさんや水戸黄門が始まりました。

フェアレディZ Z432

ボディは、全長4,115mm×全幅1,630mm×全高1,290mm。小柄で、今日のコンパクトカーと同じ程度のサイズに、ロングノーズショートデッキの、これぞスポーツカー!というようなデザインでした。

内装も秀逸なインテリア・デザイン

日産 フェアレディZ

低いアイポイントで操作するコックピットは、ドライバーの眼前に2つ、センターコンソールに3つのメーターを配置。エクステリアに負けないくらい上質です。

初代フェアレディZのグレード・価格は?

フェアレディZ Z432

グレードは、L20型エンジンを搭載したZと、その上級モデルとなるZ-L、DOHCのS20型エンジンを搭載したZ432の3種類が設定されており、いずれも2リッターの直列6気筒です。

最上級モデルのZ432のS20型は、スカイラインGT-Rと同じものでした。最高出力160ps、最高速度210km/h、0-400m15.8秒というパワフルなエンジンです。

スカイラインGT-Rよりも車両重量が80kg軽いため、より軽快な走りを愉しむことができるでしょう。

当時の東京地区の店頭売り渡しの値段は、Zが93万円、Z-Lが108万円、Z432が185万円という価格でした。

Zを育てたのは北米日産の社長「ミスターK」こと片山豊氏

このフェアレディZの育て親と言われているのは、当時の北米日産の社長、片山豊氏。ミスターKというあだ名で親しまれていますよね。

フェアレディZは北米にも輸出され、総生産台数は約55万台を記録する大ヒットモデルに。「世界一売れたスポーツカー」とも呼ばれ、日本車に対する世界の評価をも変えました。

要因は、価格が欧州製スポーツカーの3分の1だったこと。結果、4か月分のバックオーダーを抱えることもあったそうです。

日本を代表する名車のひとつ、フェアレディZの初代はこのように世界に衝撃を与えてきました。

フェアレディZの「Z」は”未知数”を意味し、その人気は衰えることなく、性能も進化し続けています。今後もさらに未知なる領域まで挑戦し続けてほしいですね!

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