アルシオーネやプレリュード等…日本国内で発売されたスペシャリティカー5選

トヨタ セリカ

トヨタ セリカ (ST165)

日本におけるスペシャルティカーの元祖といえば、トヨタ セリカ。初代が1970年に発売され、性能の良さと手頃な価格で人気を集めました。

しかし、2代目、3代目では直列4気筒エンジンで身軽なスペシャルティカー路線の一方で、日産 フェアレディZを意識した直列6気筒エンジンの上級グレード、セリカXXを設定。イメージ的にもスポーツカーに近くなりました。

4代目ではセリカXXのポジションはスープラに委ねられ、4気筒モデルはFF化。4WDのGT-FOURが設定され、ラリーで活躍するとともに、映画「私をスキーに連れてって」にも劇中車として使用され、オシャレなクーペでゲレンデに向かう姿はスペシャリティカーとしてのセリカを再認識させました。

ホンダ プレリュード

ホンダ プレリュード 2.0Si 3代目

スペシャリティカーと言われてまず思い出すのは、2代目以降のホンダ プレリュードです。

ライバルには、日産 シルビアやトヨタ セリカが存在していましたが、スペシャリティカーというとプレリュードが筆頭に挙げられるのは、当初より都会の洗練さやカップルを強く意識していたこと。それはFFという、スポーツカーらしからぬ駆動方式に起因するところも多々あったのでしょう。

また、ホンダという企業のイメージもあります。4輪車市場に参入してそれなりに経ってはいましたが、シビック、アコードの成功でようやく一般的なメーカーになってきたところでした。

そんなプレリュードのなかでも特筆すべきは、1987年に発売された3代目。リトラクタブルヘッドライトを備えた外観は2代目を洗練させたもの。足回りは4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションを採用し、後輪を操舵させる4WSを世界で初めて搭載しました。

テレビCMでは、映画「地下室のメロディー」のメインテーマがBGMとして流れるなか、後輪も曲げて縦列駐車から出てくるシーンが印象的でした。

日産 シルビア

シルビアは1965年に初代が発売され、7年の中断を挟んで1975年に2代目が発売されました。

初代は上級クーペでしたが、2代目はスペシャルティカーの定石通りサニーをベースにしたクーペに。3代目は2ドアクーペと3ドアハッチバックを用意し、さらに販売チェンネルの違う姉妹車ガゼールも発売されました。

スペシャリティカーとしてのシルビアが一番輝いたのは、1988年から1993年に販売された5代目のS13です。CMではプロコル・ハルムの「青い影」をBGMにイメージ的な演出がなされ、デートカーを印象付けました。

カタログ写真もAT車を用いて、スポーティ感よりも優雅さを演出していました。流麗なデザインもあり、女性ユーザーも非常に多かったのは特筆すべきでしょう。NISMOのジムカーナ仕様もカタログに小さく紹介されてはいましたが、全体の印象はスペシャルティカーでした。

製造終了後は漫画での人気もあり、持ち前の足回りのよさから走り屋やドリフト御用達のクルマとして、高い支持を集めることになったのは皆さんご存じのとおりです。そのため残存数は多いものの、オリジナルに近い姿で残っているのは珍しくなっています。

スバル アルシオーネ

スバル アルシオーネ 初代

プライベート性の高い2ドアクーペは、フォーマルな4ドアセダンよりも格が高いという不文律が自動車業界には存在します。メルセデス・ベンツも、ロールスロイスも、超高級クーペのほうがセダンよりも高価なのはそのためです。

それは、1980年代の日本メーカーにも当てはまりました。その結果、すべての自動車メーカーが2ドアクーペをフラッグシップモデルとして据えていました。それが当時は小型車しか製造していなかったスバルになると、必然的にフラッグシップモデル=スペシャリティカーとなってしまいます。

スバルが看板車種のレオーネをベースに開発し、1985年に発売した2ドアクーペがアルシオーネです。当時スポーツカーのデザインとして世界的にはやっていたウェッジシェイプ(楔形)のボディは、空気抵抗CD値0.29と、現在の目でも秀逸な数値。インパネは逆L字形、水平対向エンジンと4WDの組み合わせなど、スバルらしいこだわりを感じさせるクルマでした。

アメリカ市場を意識して、スバル初の水平対向6気筒エンジンも開発され、1987年に追加設定されました。

スペシャリティカーというには異色ですが、現在のように販売台数ばかりを追求せずにこういうクルマを各メーカーが発売したのも、1980年代の自動車業界の文化といえるでしょう。

ダイハツ リーザ

スペシャルティカーは、じつは軽自動車にも存在しました。長らくスズキ セルボが軽自動車唯一のスペシャルティカーとして君臨してきましたが、それに対抗するべくダイハツが1986年に発売したのがリーザでした。

メカニズムのベースはミラですが、脱・実用車のコンセプト通り、スペース効率よりも丸味のある優雅なデザインが採用され、それまでの軽自動車の常識を覆しました。

当初は5ナンバーのセダンと4ナンバーのバンが設定され、当時の軽自動車と同様にバンの販売に重点が置かれていましたが、1990年の軽自動車規格の変更に合わせてセダン一本に絞られました。

1991年にはオープンモデル(幌屋根)のスパイダーが追加されましたが、1992年に後継モデルのオプティが発売され、リーザは1代限りで終了しました。

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