年間17万台から4,000台に…日産 スカイラインはかつての人気車に戻ることはできるのか?

歴代スカイラインで最多販売は「ケンメリ」

ケンメリ

歴代スカイラインで最多販売台数を記録したモデルは、4代目のC110型でした。4年間で67万台が生産されたので、平均で年間17万台、月間1万4,000台を売り上げたことになります。

「ケンメリ」の愛称で知られるC110型は、CMで使用された「ケンとメリー~愛と風のように~」がオリコンにチャートインし、ちょっとした社会現象にもなったのです。

ケンメリが大ヒットした理由とは?

マニアックなスカイラインが一般向けに!

ケンメリの先代、C10型スカイラインは、レースで活躍し、スカイライン=スポーツカーのイメージを定着させました。

開発者の桜井眞一郎氏は、「玄人が乗って楽しめるハコで速いクルマ」と理想のスカイライン像を持っており、それを具現化したのがC10型でした。

C10型は製造台数31万台とヒットしましたが、当時の日産首脳陣からは「もっと売れるクルマ」を作るように言われ、結果、C10型の走りの良さをベースに一般受けしそうなスカイラインとして開発されたのが、C110型でした。

玄人向けのマニアックな車として認知されていたスカイラインが、一般ドライバーでも楽しめるクルマになったのです。

C10型のイメージを継承

レースで49連勝を記録したC10型のイメージを継承したことも、ケンメリの大ヒットの要因です。

C10型はデビュー当初は硬派路線でしたが、途中から軟派路線に変更し、キャッチコピーに「愛のスカイライン」を使用しました。

レースでは速くて、デートカーとしても使えるスカイラインのイメージを継承し、さらにソフトな「ケンとメリーのスカイライン」のキャッチコピーを使用し、人気を博しました。

1970年代の時代背景

日産 スカイライン 東京モーターショー 1973

1970年代は日本のモータリゼーションが進み、新車販売規模は1960年代の10倍と爆発的に成長しました。さらに日本経済は、高度成長中の時代です。給与は右肩上がりに増え、将来の展望も明るく、高価なスカイラインであってもローンを組んで購入する人が多かったのです。

また1970年代後半は、第一次ベビーブーム世代が結婚する時代でもありました。当時、恋人を作るためには自動車はマストアイテム。女性は、彼氏にするならクルマを持っていることが最低条件とさえ言い切った時代です。デートカーとしてのスカイライン需要は、高かったのです。

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