バブル仕込みの高級サルーン・・・ゴージャスY32セドグロ・シーマの魅力とは?

日産の誇りと責任・・・Y32型セドリック・グロリア

日産セドリック・グロリアシリーズは日産の高級車であり、トヨタ・クラウンと双璧を成す日本の代表的なサルーンでした。Y31型では、従来の価値観をブチ壊して走りを重視することで多くのユーザーの共感を得ることに成功。また、そのリベラルなクルマ作りと雰囲気が、時代の空気さえ変えてしまったような、そんな「破壊力」のあるクルマでした。その後シーマも発売され日産の快進撃は続いていきます。

続くY32型セドリック・グロリアは1991年6月発売。ハードトップはすべて3ナンバーサイズに拡大され、エンジンも3リッターをメインに据えるという時代の要求に即したモデルチェンジとなりました。グランツーリスモも継続。丸い4灯ヘッドライトが特徴となりこれがまたさらなる好評を呼び、世の中の高級車ブームに乗って販売を拡大していくのです。

このY32型もまた、Y31の時の責任者、三坂氏と同じように営業畑出身の楠見氏が起用され、技術とともに、より顧客の声に耳を傾けられる開発体制が採られたことも特筆すべき点でしょう。楠見氏は実際に横浜市内の営業所で顧客対応を経験し、現場の生の声というものを知っている。彼がこのY32型に込めた思いとは、「誇りと責任」。高級車とは社会的地位の高い指導者層が購入するクルマであり、社会動向に敏感で、クルマも本体や性能以上に自動車メーカーが企業体としてどのようなポリシーを持って活動をし、どれほど活気がある良い仕事をしているかを見ている、そういう認識が楠見氏にはありました。

声の高まっていた安全性への配慮。それは受動安全のみならず、多少以前よりシャープさは落ちてもアクティブセーフティの観点から操縦性を仕上げるなどの、ただただクルマの動的性能だけではない、社会的意識の高い購買層の求める要素をふんだんに盛り込むことを念頭に置き、このクルマを作ったのです。

高級車に裸電球はふさわしくない!・・・が生んだ初の間接照明

Y32セドリック・トータルコーディネート照明

Y32型セドリック・グロリアにはマルチAVシステムや3ウェイエレクトロニックメーターなどの、当時の最先端装備をそなえていたり、運転席エアバッグ、ABS、V-TCS、プリテンショナーシートベルトなどの安全装備にもぬかりはなく、あらゆる点で従来のY31を上回る装備群をもつ高級車として設えられていました。
その中でも特筆すべきはこの「トータルコーディネート照明」です。

画像の三ヶ所のみならず、合計21もの間接照明を設置し、夜間の搭乗時、走行時を優しく質の高い照明でもてなすという、実に手の込んだ、そして新しい高級車にふさわしい「情感演出」を施していました。
開発責任者の楠見氏は従来型セドリックに乗っていくつかの問題点を洗い出します。ワイパーの払拭面積の問題、乗り心地が荒いこと、ブレーキのペダルタッチが良くないこと・・・、これらに並んで「まるで裸電球じゃないか」と言わしめた室内の照明をも改善すべき項目として挙げていたのです。
当時に日本は、たとえば高級ホテルなどがそうであるように、「高級」に対する認識とその演出がどんどん「洗練」されていく方向にあって、「さりげなく」しかし「上質」であることが消費者の心を捉える要素となっていたのです。これみよがしでない、でも手が込んでいることが、誰が見ても分かる設えにこそ高級を感じる。この「トータルコーディネート照明」はまさにその心理をくすぐるアイテムとなっていくのです。

残念なことに次のY33では大幅に削られてしまった間接照明でしたが、このアイデアを、当時「日本車は侮れない」と睨みを効かせていた欧州の高級車メーカーが黙って見ているわけがなく、メルセデス・ベンツを筆頭に同じようなアイデアの照明システムを採用していくことになるのです。
ドアを開けると「フワッ」と優しい明かりが出迎えてくれる。実に優雅な印象の装備でした。

純英国調本格高級サルーンは日本人にはやや難解だった?

特にY32の中でもシーマのキーワードは「趣味の良さ」ではなかったでしょうか。
Y31型のあのエネルギッシュなデザインから一転して格調高く上品な印象のスタイリングに。しかもテールが優しく下がっているフォルムは、当時ドイツ的なダックテールに馴染みが深かった日本人にはちょっと難解なセンスだったかもしれません。誤解を恐れずに言えばこの32シーマのデザイン、のちのベントレー・アルナージに影響を与えたと個人的には思っていて、その意味では本格派英国調デザインだったというわけです。

室内はより「攻め」た作りで、前期型にはブラックチェリーのダッシュボードにオレンジと茶色の中間といった感じの「タン」カラーの本革というじつに大人好みの設えがあったり、布シートひとつ取ってもただのモケットではなくウールの織物を用いて独特のセンスと手触りを重視した非常に凝った内装を持っていたことも特徴です。

日産、あるいは楠見氏の狙いとしては、ユーザーはよりオーセンティックなものを求める傾向が出るだろうとの読みだったのでしょう。しかしそれはちょっと先を行き過ぎていたかもしれません。とはいえ当時の日産には、たとえばトータルコーディネート照明のようなアイデアを持ちまたそれを具現化する力も、32シーマのようなちょっと進んだデザインやセンスをもたらすデザイナーも十全に擁していたということが言えると思います。またその採用を許可した意思決定者の力も看過できない・・・。

しかし最後までユーザーはこのクルマの魅力に気が付くことはなかったようです。

Y32セドリック・グロリア・シーマを見ていると、当時の日産がいかに「攻め」の態勢に入っていたかがよくわかります。攻めていたからこそ従来の固定観念にとらわれずに、自由に様々なチャレンジをすることを可能とし、製品に反映させるというじつに活き活きとしたクルマ作りが行われていたことがよくわかります。

今の世の中はなにかと「リスクヘッジ」を採りすぎるキライがありますね。リスクを恐れず、現場の生の声、感覚を生かした製品作り、またそれを実際のサービス活かすことはできないものか。現代人は考えるばかりで行動が伴わない。発言も控えめです。故にアイデアも湧いてこない。本来ユーザーや顧客というのはメーカーのそうしたところの仕事ぶりを見ているはずですし、見なければならない。でなければ、クルマも企業も育たないはずです。

Y32セドリック・グロリア・シーマのような冒険的な商品がこれから誕生することは、果たしてあるのでしょうか。

<前田恵之進>

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