「どっかんターボ」とは何だったのか?

そもそもの仕組み故に仕方がなかった?

ターボチャージャーというのはそもそもエンジンの排気ガスの圧力でタービンを回し、コンプレッサーとして圧縮空気をシリンダーに高密度で充填するという仕組みですから、なにより排気ガスの圧力が必要です。

画像のフェラーリF40は既にターボエンジン技術が登場してからしばらく経ってからのモデルですが、それでもたとえば、全開加速をおこなってもホイールスピンが始まるのは数メートル進んでからのことだったりしました。
いかに大きなV8エンジンに搭載したターボといえども、ターボ自体が大きなフリクションを持っていれば排圧に対する反応も鈍くなってしまいます。
しかしこうしたスーパーカーは、たとえ遅れがあってもそのあとの爆発力を得ることで十分にタイムを稼ぐことができたわけです。

フェラーリF40は「どっかんターボ」の典型でした。

むしろそれを楽しみに変えてしまう

日本車でもたとえばシティターボやその発展型のシティターボⅡなどは「どっかん」そのものでした。
むしろ、ターボの爆発的馬力をこの小さなボディに詰め込んで、過激な走りを楽しむための、ひとつのキャラクターにしてしまったのがこのクルマです。

ホンダは当時、F1第二期参戦を開始。当時のF1レギュレーションに合わせて1.5リッターV6ターボエンジンを開発し、ウイリアムズやロータスに搭載して頭角を現しているところでしたから、すぐに人気が高まりました。

本来なら「どっかん」の原因であるタービンのフリクションによる「ターボラグ」は忌み嫌われるべきもので、できるだけスムーズに、段差のない加速がベストと思われてきたものを、シティターボは楽しさの一部に「変換」してしまう。
これもひとつの面白さというか、ターボの使い方、解釈と言えました。

涙ぐましい努力の成果

その後もターボエンジンの「ターボラグ」をいかになくし、スムーズで力強い出力特性を実現するかというテーマのもと、各社一様に様々な施策を採り続けました。

そのひとつはタービンを小型化しタービンの質量を低減させたものを2つに分け、「ツインターボ」にしたもの、あるいは、ターボへの排気ガスの流入を2系統にして低速から効果的にタービンを回すという「ツインエントリー」や「ツインスクロール」といったものも挙げられます。

ただ、実際に「ラグ」をあまり感じなくなったのは90年代後半あたりからと言われています。
画像の三代目レガシィなどはツインターボでしたが、ブーストのコントロールがきめこまかくて、低速から力がありそのまま滑らかに回転が上昇しながら気が付くと「モノスゴい」スピードになっている、という具合でとても洗練された出来になっていました。

しかし実際のところ、それでは物足りない、もっと爆発的に馬力を発揮して欲しいという声もあって、車種ごとに作り分けがなされていたというのも事実です。それができるようになったのは、一つにコンピュータによる制御領域が幅広くなったこと、またタービンそのものも軸受の改良やタービンそのものの形状、材質の改良で、作り手側の望む通りに仕立てやすくなったという面があると言えるでしょう。

もはや排圧に左右されず比較的自由にターボを有効活用できるような時代になっていたというわけですね。

現代に生きる「どっかんターボ」車

「現代に生きるどっかんターボ車」を、と思って探してみたのですが、意外に少ないかもしれません。
最近のターボエンジンはこのところの流行りでほぼ環境対応のダウンサイジングターボになってしまいましたし、その性格自体もおだやかで洗練された、乗りやすいものになってしまいました。その意味ではターボチャージャーの技術的進化を見て取れるわけで、喜ぶべきことなのですが、「どっかん」を味わうことはちょっと難しいかも・・・。

ただ、数少ないものの中で挙げるとすると、イタリアに目を向けると案外「クラシックな」ターボを味わえるかもしれません・・・やっぱりイタリア。

たとえばランチア・デルタ。初代のデルタ・インテグラーレはこれもまた見事な「どっかん」の典型でしたが、現代における最新型ランチア・デルタのガソリンターボエンジンは意外なほど「ラグ」が残っているように思えます。それは、昔のような過激な性格でこそありませんが、とくにトランスミッションがマニュアルやマニュアルベースの2ペダルだったりすることもあって、ターボが眠りから覚め徐々に力を発揮していく過程をつぶさに見て取れますし、トップエンドに近づくにつれて、ちょっとおとなしい外見からは想像もできないほど豪快に力を発揮するというような性格の持ち主だったりして、やっぱり血は争えないというかなんというか・・・。一応、環境対応ターボという名目ではありますが。

ターボチャージャーは、なんといってもエンジンの中で「自らの力で風を起こして」力を得るという原理・・・。
遅れてやってきたり、やってきたかと思えば爆発的に力が出てしまったりと、完全に機械的で完璧に作動するというより、ちょっとコントロールにコツを要したり、手懐けるのに技が必要だったりと、どこか動物的な性格のように思えてしまうのですが、いかがでしょうか。

<前田恵之進>

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