世界一売れた「フェアレディZ」から考える、日産が今後模索する世界戦略。

世界中で売れた日産フェアレディZ

フェアレディZ 5代目 Z33

1969年に発売された日産フェアレディZは世界中で大ヒットを記録しました。およそ10年間の約55万台を生産、販売し「世界一売れたスポーツカー」と称された名車です。ジャガーEタイプを目標に高性能且つ安価なクルマづくりを目指した日産フェアレディZ、世界の日本車の対するイメージを一新した一台です。

フェアレディという名前の由来はミュージカル「マイ・フェア・レディ」の美しさに魅せられた川又社長がそのミュージカルから名前を取ったと言われています。

なぜフェアレディZは” 世界一” 売れたのか

フェアレディZは日産がアメリカ市場を開拓することを目的として作られました。当時のアメリカ市場は高級車への需要が高く、その中で日本のクルマは「二流のクルマ」という評価でした。そんな中、日産は当時高い人気を誇っていたポルシェ911をライバルと見据え、価格の安く高スペックなスポーツカーを作ることを決意したのです。

日産はアメリカ人が気軽に楽しめるスポーツカー作りを始め、それをアメリカの自動車販売業者が販売するという戦略を取りました。そうすることで、日産、アメリカ販売店、アメリカ人消費者の「三方良し」の関係が築かれたのです。ポルシェの半額ほどの値段で購入可能、かつ良質な性能を持つフェアレディは多くのアメリカ人を魅了し、「良いスポーツカーをできだけ安く売る」という日産の戦略は大成功を収めました。

しかし、フェアレディZ32の登場からしばらくして、アメリカでのスポーツカー人気に影を差すことになりました。アメリカで自動車保険加入料金が非常に割高になった影響で、スポーツカーを購入する消費者が激減したのです。

高まるグローバル・コミュニケーションの必要性

フェアレディZの販売戦略について簡単に触れてきました。では今後、フェアレディZを有する日産自動車はどのような販売戦略を行っていくのか考えていきます。

フェアレディZは現在においてなお、熱心なファンを中心に根強い人気を維持していますが、日産のカルロス・ゴーン氏は「良いクルマを作るだけでは売れない時代」が到来しているとし、グローバルコミュニケーションに基づく販売戦略の必要性を説きました。日産は良い物をただ作るのではなく、作り手の技や熱意を伝えていくことで、クルマを取り巻くストーリーを世界に発信していくことが大切だとしています。

インターネットの普及により多くの情報が交錯する現代において、クルマづくりと同様に世界の報道関係者の興味を引くストーリーを作り出すことが必要なのですね。

確かに、私達は昔に比べ、インターネットを通して多くの情報に触れることができます。数あるクルマの中で、より差別化されたクルマを生み出すには昔のようにデザインやスペックに特徴を出すことに加え、「クルマの見せ方」にも様々工夫が必要になってくるのでしょう。開発に至った背景や開発者の思いを織り込んだ販売戦略を実施することで、国内外メディアの関心をより多く集める努力が大切なのですね。

グローバルコミュニケーションの工夫が重要になっている中、日産は2012年、ミス・フェアレディ誕生とその歴史を紹介した動画を作成し、多くの国内外メディアの注目を集めました。

ミス・フェアレディとは、直営ギャラリーでのクルマの提案や販売店の紹介、モーターショーでのイベントに参加するなど「日産の顔」として働くスタッフです。この動画への反響が大きかったことは、日産の今後の世界戦略に大きなヒントになるかもしれませんね!!

以下、日産自動車が制作したミス・フェアレディの誕生と伝統の動画を掲載します。ぜひご覧ください。

フェアレディZがアメリカを中心に世界的なヒットを記録した理由には、スペックや価格といったハード面の強みが挙げられます。もちろんハードを通したイメージ戦略は今も昔も重要ですが、今後は広告の見せ方に加え、クルマを取り巻くストーリーの発信などソフト面にも多くの自動車メーカーが注力していくでしょう。

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