抜群の操縦安定性!マツダの「SSサスペンション」は何が凄かったのか?

マツダを襲った2度の大ピンチ!

マツダ ファミリア 5代目

現在でこそSKYACTIVというコンセプトを全面に押し出して、絶好調のマツダですが、かつて大ピンチを2度経験しています。

1度目が、バブル景気を背景に一気に多チャンネル化を図り、急激に増えた店舗で売るために粗製乱造とも言える新型車を乱発した挙げ句、ユーザーからの信用を失い、バブル崩壊も重なって極度の販売不振に陥った1990年代。

そしてもう1度が、ロータリーエンジンの燃費性能の低さから、オイルショックでまったく車が売れなくなった1970年代。

90年代の危機ではオートザム レビューをベースに急遽開発したデミオのヒットに救われましたが、70年代の危機を救ったのが、1980年登場の5代目ファミリアでした。

大ブームになった赤いファミリア

それまでもファミリアは、マツダの人気車種には違いありませんでした。広告塔的な意味合いも強かったコスモに続き、ロータリーエンジンを搭載したファミリア ロータリーは、ロータリーエンジンを身近な存在にして人気となり、映画『幸福の黄色いハンカチ』で武田鉄矢が高倉健を乗せて北海道を旅したのも、FR時代のファミリアでした。

しかし、5代目のBD型で画期的な変化がありました。横置きエンジンと直列にミッションを配置したジアコーサレイアウトのFF車。日本で初めてというわけではありませんでしたが(日本初のジアコーサ式FFは初代ホンダ・ライフ)、BD型ファミリアはFFの小型車として日本で初めて、空前の大ヒットとなりました。それはなぜでしょうか?

BD型ファミリアは日本のFF車の革命だった

それまでもFF車には「エンジンと駆動系をまとめることで、キャビンを最大限拡大できる」、あるいは「低速域の悪路走破性が後輪駆動より優れている」というメリットがありました。

そのためFFを好むメーカーは多く、スバルやホンダは1960年代から、また1970年代前半には日産(チェリー)、後半には三菱(ミラージュ)やスズキ(アルト)もFFを採用していったのです。

しかしそれらのFFの多くは、フロントを引っ張りリアはそれについてくるだけ、というものが多く、操縦性に難があったのです。

具体的には、カーブで強いアンダーステアからアクセルを戻すと急激にオーバーになるなどのクセが激しく、直進安定性には優れていたものの、自在に操るにはコツが必要な乗り物だったのです。

おかげで「FFとはアンダーステアがひどい乗り物」という先入観を、多くのクルマ好きに植え付けることになったのです。その問題に対して、リアサスペンションの最適化に挑んだのが、BD型ファミリアでした。

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