【ジョバンニ・ペトロルッティの視点】モデルXに感じた“得体の知れない緊張感”の正体

テスラモーターズ モデルX 75D ファルコンウイング

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走りながらずっと考えていた。この得体の知れない緊張感がどこから来るのかを。職業柄自動車に乗る機会は多い。

実用的なハッチバックからスーパーカーまで実に様々な自動車に乗ってきた。ルイス・ハミルトンには逆立ちしても敵わないが、運転は下手ではないと思っている。

文/ジョバンニ・ペトロルッティ
Chapter
モデルXの"得体の知れない緊張感”
モデルXで感じた、新興メーカーとしての勢い
"得体の知れない緊張感"の正体とは…
今後のテスラの課題は何か

モデルXの"得体の知れない緊張感”

今回対峙したモデルXには、ドライバーズシートに座った時から、いや、正確には、その特徴的な「ファルコンウイングドア」から後席に収まり試乗ポイントへと移動する時から、得体の知れない緊張感を感じていた。約1,500万円の”高級車”だからだろうか。否、以前サーキットで丸一日楽しんだランボルギーニのおよそ”半額”である。

電気自動車だからだろうか。否、日産のリーフを丸一日ロングドライブに連れ出したこともある。

受け取った時にはすでにバッテリー残量が30%だったからだろうか。否、いざとなればグランドハイアットに駆け込み、1時間半ほどで満充電になるテスラ・スーパーチャージャーの恩恵を受けることができる。

タイヤは4つ。シートは6つ。ハンドルもアクセルもブレーキも備えている。思考が追いつかない程の暴力的な加速力秘めているが、紛れもなくこれは「自動車」であろう。

モデルXで感じた、新興メーカーとしての勢い

少し、試乗を進めよう。

私は走りを評価する自動車評論家ではないと思っているので、その詳細は彼らに任せるが、バッテリーという重量物が床下に敷き詰められており重心が低いせいもあり、ハンドリングは車重に対してかなりシャープでクイックな印象だ。乗り心地は、大径タイヤのせいかゴツゴツしている。個人的には18インチ程度に抑えエアボリュームを増やし、もう少しマイルドな方向性にしてほしいと感じた。

Aピラーが太く、視界はお世辞にも良いとは言えない。バックミラーも極小で、夜のドライブはあまりお勧めできない…そんなことを考えていたら、運転席脇の小さなモニターが常時側面を映してくれていた。センターディスプレイにリアの映像を映し出すことも可能だ。欠点を補う術をテスラはきちんと用意していたのである。
インテリアに目を移そう。「これでテレビとか見られないの?」。今回同乗者がそう言ったのも納得な、大きなセンターディスプレイはひとたび慣れてしまうと他のものが使えなくなってしまうほど使い勝手に優れている。

車高やエアコンの各種調整も、画面が大きいためワンタップでほとんどの項目を調整できてしまう。タッチディスプレイを多くのメーカーが採用するようになったが、画面サイズに制約され操作が煩雑なので、ここは是非他社にも追従して欲しいところだ。LTEに常時接続され、デフォルトのGoogleマップもとても使いやすかった(極狭の道を躊躇なく選ぶ”攻め”のナビゲーションは相変わらずだが)。

意匠としてのデザインはトピックが少ないので、今回はユーザビリティとしてのデザインを中心に話を進めてきた。センターディスプレイなどのインターフェイスはとても使いやすい。既存の枠に収まらないところに、新興メーカーとしての勢いを感じた。

"得体の知れない緊張感"の正体とは…

このところアメリカでは、テスラの株価のニュースで持ちきりである。イーロン・マスクの発言1つで株価が激しく上下する日が続き、デフォルトの懸念も徐々に高まっている。中には熱狂的なテスラ支持者もいるだろうが、多くの株主にとってテスラはいち投資先に過ぎない。

これまでテスラは、イーロン・マスクの巧みな話術とパフォーマンスで投資を募り、株価をつり上げてきた。その経営手法は、自動車メーカーのそれでなくITのスタートアップ企業のやり方と言っていいだろう。バイアウトの話題が出るのも納得である。

しかし、そのやり方もそろそろ限界なのかもしれない。投資家はシビアだ。利益が出ているかしか見ていない。では、テスラの利益の源泉は何か。もちろんクルマが売れることである。

では肝心のクルマはどうだろうか。確かにセンターディスプレイは使いやすかった。航続距離も申し分ない。スーパーカーも真っ青な加速力である。今回あまりオートパイロットを使う機会はなかったが、テスラによれば、政府の認可が下りればいつでも自動運転ができるハードウェアを搭載しているそうだ。

しかしどこか味気なく、心が揺さぶられないのである。エンジンの脈動がないから、ということではない。まるで冷たいロボットにでも触れているような、そんな感触である。冒頭に記した得体の知れない緊張感は、この冷たさによるものなのかもしれない。

今後のテスラの課題は何か

この先、多くのクルマが自動運転になり、クルマはまるで電車のような感覚で乗る日が来るだろう。しかし、クルマは電車よりもパーソナルな乗り物である。ユーザーに選ばれるためには、テスラならではのアイデンティティ、すなわち”味”が必要になってくる。少なくとも今回の試乗では、テスラの味が私にはわからなかった。

中国では電気自動車メーカーが台頭し、欧州勢も電動化へ本腰を入れてきている今、自動運転も大画面も航続距離も、テスラの味にはなり得ないだろう。ハードウェアの性能で勝敗が決まらないのは、過去の歴史を見ても明らかである。

モデル3の生産数は軌道に乗り始めてはいるものの、この先テスラがユーザーに選ばれるような味を見つけ出すのが先か、それとも財務状況が悪化して倒産の憂き目にあうのが先か、私はもう少し見守っていこうと思う。

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文・ジョバンニ・ペトロルッティ/GiovanniPetrolutti
ミラン在住の覆面ジャーナリスト。デザイン工学および自動車工学の博士号をもつなど、自動車および工業デザインの双方に造詣が深い。デザインという感性によりがちなものを論理的に解釈することに努めている。愛車はマツダ・MX-5(初代)。
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