昔と今、日本車各メーカーの大衆車はどう変わった?

大衆車とは?

自動車メーカーが、開発に一番頭を悩ませるのが大衆車です。良いクルマを安価で作るためには、高級車のように凝った装飾や装備を際限なく採用するわけにはいきません。さらに大量販売を前提とした生産体制を整えることなど、厳しい条件のもとで徹底的に市場を調査し、確実にヒット作を作らなければならないのです。

その時代の社会情勢の変化にともなって、人々の生活スタイル、好みも変化し、受け入れられる大衆車も変わっていきました。

では、おもなメーカーの大衆車の移り変わりを見てみましょう。

トヨタ カローラ→アクア

トヨタ カローラ 1970
トヨタ アクア 2017

1966年に発売されたカローラは、現在でもブランドが続く乗用車です。基本はセダンであり、1969年から2001年までの33年間日本国内販売台数で第1位を守った、いわば日本を代表するモデルとなりました。

しかし国産セダンの人気は、90年代半ばを境に徐々に低迷。セダンよりも空間効率が有利で、かつ経済的なハッチバックのコンパクトカーに人気が集まるようになります。

そのようななか、世界に衝撃を与える量産ハイブリッドカー、プリウスが1997年に誕生します。 その後、2011年にはハイブリッドコンパクトカーの「アクア」が誕生し、つねに年間乗用車売り上げランキングで上位にランクインする人気車種となりました。

200万円を切る価格の乗用車に、高価なハイブリッドシステムを採用できるのは、トヨタがハイブリッドカーを量産できる強い企業力を持っているからです。アクアは、燃費性能と車両価格によるコストパフォーマンスが最大の魅力となっており、現在ではトヨタの主力車種となっています。

日産 サニー→ノート

日産 サニー 1968
日産 ノート

日産は、トヨタ カローラのデビューより数ヶ月早い1966年4月にサニーを発売しました。早々に”大衆車元年”という言葉が誕生し、カローラVSサニーの図式が一般的となりました。

経済成長著しい日本において販売競争も激化し、排気量やボディサイズ、バリエーションなどの面で、大衆車として、カローラとしのぎを削りました。

その後バブル景気の崩壊した1993年以降は、より小型のハッチバックボディを持つマーチやキューブが日産の稼ぎ頭になります。それと並行して、サニーは2004年に登場したティーダ・ラティオと入れ替わり、販売を終了します。

その後日産は、しばらくマーチを大衆モデルとして据えていましたが、「ノート」にシリーズハイブリッド(エンジンで発電し、モーターで走行する)であるe-POWERを採用するやいなや、2018年の上半期には登録者販売ランキングで1位を獲得。大衆車としての地位を得ることになりました。

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