ポルシェが手がけたメルセデス・ベンツ!? 伝説のセダン500Eとは

オーバークオリティと評されたシリーズ

メルセデス・ベンツ 500E

「Das Beste Oder Nichts(最善か無か)」というメルセデス・ベンツのスローガンを、もっともカタチにしていた時代に誕生したW124シリーズ。1985年から1995年まで製造され、のちに丸目4灯のフロントマスクが特徴的なW210シリーズへと移行します。

この初代ミディアムクラス(Eクラス)は、その下のグレードである190シリーズとともにオーバークオリティと呼ばれるほどの完成度で、そのボディ剛性の高さは”まるで金庫のよう”などと評されていたほどです。

W124シリーズは、セダン(W124)、クーペ(C124)、ステーションワゴン(S124)、カブリオレ(A124)が展開されており、そのなかでもセダンは、220Eや280E、300Eなど搭載するエンジンの排気量によってさまざまなグレードが存在していました。

そのなかでフラッグシップとして君臨していたのが、1991年に登場した500Eでした。心臓部にはSLクラス(R129)で採用されていた5.0L V8エンジンを搭載、チューニングはあのポルシェが担当。さらに生産の一部もポルシェの工場で行われていたという特別な1台です。

羊の皮をかぶった狼

メルセデス・ベンツ 500E

500Eが搭載していたM119型エンジンは、SLクラスがひと足先に採用し、のちのSクラス(W140)でも採用されたV8ユニット。ワングレード下のEクラスにSクラスのエンジンを搭載するため、500Eではエンジンルームに設計変更を行っています。

サスペンションにもSLクラスで使われたものが流用され、リアサスペンションはステーションワゴンが採用していた油圧式のレベライザーが使われています。

16インチ専用ホイールに、巨大なブレーキローターとブレンボのキャリパーなど、強力なエンジン出力に対応すべく足まわりも徹底してチューニングが施されています。そのため、前後ともにトレッドが拡大され(フロント+35mm/リア+30mm)、それにともない大きくせり出したオーバーフェンダーによって、ほかのW124とは違ったスタイリングに仕上がっています。

チューニングはヴァイザッハにあるポルシェの研究センターが行い、生産の一部もポルシェのツッフェンハウゼン工場が担当。そのため500Eは「ポルシェが手がけたメルセデス」として自動車好きのあいだで、有名な存在となっています。

日本にも正規輸入されており、当時の新車価格は驚きの1,550万円(E500は1,300万円)というものでした。1993年当時のE220セダンの新車価格が580万円だったことを考えると、500Eが高額だったことがよく分かります。ちなみに同じM119型エンジンを搭載していたSクラスの500SE(W140)は、1,400万円でした。

500EからE500へ

メルセデス・ベンツ 500E

この500Eは、ほかのW124と同じく1995年まで製造されていますが、1993年のメルセデス・ベンツ全モデルの呼称変更にともない、500EからE500という名前に変更されました。

もともと500Eの”E”は、Einspritzung(燃料噴射)を表したもので、当時はEクラスという言葉は存在していません(当時はミディアムクラス)。1993年にメルセデス・ベンツが各モデルを表すために、コンパクトシリーズをCクラス、ミディアムクラスをEクラス、フラッグシップをSクラスと呼び名を変更したことにより、500EもE500と名前が変更されたのです。

なおこの500Eがポルシェの工場で生産されていたのは1992年までとされており、E500となってからはポルシェの工場では生産されていません。しかし、E500となって以降もポルシェの思想がこのモデルに反映されていることは間違いなく、E500も世間一般では500Eという呼び名で愛され続けています。


現代風にいえば、メルセデス・ベンツとポルシェとのコラボレーションによって誕生した500E。ただでさえ完成度の高いW124というモデルを、さらにポルシェのチューニングによって運動性能が極限にまで高められた伝説のスポーツセダンは、いまなお特別な1台としてメルセデス・ベンツファンから一目置かれた存在となっています。

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