なぜ、RX-8はRX-7直系の後継車ではないと言われたのか?

RX-8

ピュアスポーツだったRX-7

マツダ RX-7 初代

1970年代半ばの日本は、オイルショックの影響で「パワーはあるけど燃費があまりにも悪すぎる」と、ロータリーエンジンへの逆風が激しい時代でした。

そこで実用車へのロータリーラインナップ拡充を断念したマツダが、ピュアスポーツ路線に転換したロータリースポーツとして、1978年に発売したモデルが、初代サバンナ RX-7(SA22C)でした。

2人乗り、あるいは2+2の4人乗り3ドアファストバッククーペとして生まれ、優れた動力性能を持ちながらも安価だったことから、日産 フェアレディZともども”プアマンズポルシェ”と呼ばれたRX-7は、ストリートだけでなくレースやラリーでも活躍しました。

リトラクブルヘッドライトを採用して空気抵抗を減らし、ロータリーエンジンでしか実現できない低いボンネット、さらにフロントミドシップのエンジンレイアウトは、それまでのロータリーエンジン搭載実用車とは全く異なる、わかりやすいスタイルのピュアスポーツだったのです。

その意味でSA22Cは、初めてロータリーエンジンを搭載したコスモ スポーツへの回帰とも言えるモデルでした。

2代目FC3Sでは少々太り、インタークーラー装備の関係もあってボンネットも高くなったものの、前置きインタークーラーに変更された3代目FD3Sでは、再びボンネット高の低い流麗なボディとなり、これがロータリーファンにとっての”RX-7最後の姿”として、現在まで目に焼き付けられているのです。

RX-7はプアマンズ・ポルシェ?国産車はプアマンズ車ばかりなのか?

FD3Sの後継になれなかったRX-01

マツダ RX-01

環境性能に厳しいFD3Sの後継車の開発は、早くから進められていました。決まっていたのは、燃費向上のため13Bロータリーからターボチャージャーを廃し、NAに回帰してさらに吸排気ともペリヘラルポートからサイドポート化、高回転型パワーユニットとした新しい13B RENESIS REを搭載すること。

NA化によって低下するパワーとトルクを補うため、後継車は運動性能の向上を目的としたコントロール性の高いマシンとして開発されることになります。

そのパッケージは、NAドライサンプ化でコンパクトになったエンジンを、さらに後ろに、低くマウントし、その他の重量物も徹底してホイールベース内に配置することで、重量物によるヨーモーメントを低減。

また足回りも、バネ下重量低減のためにアルミ製ブレーキローター/キャリパー、マグネシウムホイール、FD3Sから引き続き採用する4輪ダブルウィッシュボーン形式のアルミ製サスペンションなどを採用。サスペンションジオメトリーを始め、マツダの考えるピュアスポーツを実現するため、あらゆる技術が注ぎ込まれていました。

こうして1995年の東京モーターショーに出品された新型ロータリーピュアスポーツ、マツダ RX-01は、メディアなどによる試乗会まで開催され、RX-7後継としてのデビューを懇願されながらお蔵入りとなってしまいました。

そして2002年9月にFD3Sは生産を終了し、マツダからロータリーピュアスポーツは消滅します。

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