粋 〜クルマの美学〜

アヘッド 粋

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粋とは何か。粋であることはカッコイイことだが、カッコイイことが粋であるとは限らない。渋い=粋でもない。人が羨むクルマに乗っていても、人より速く走れたとしてもそれが粋であるとは言えないのだ。そして粋とは、作法ではなくカタチでもない。

text:吉田拓生、伊丹孝裕、小沢コージ、まるも亜希子 photo:長谷川徹、渕本智信 [aheadアーカイブス vol.163 2016年6月号]
Chapter
粋 〜クルマの美学〜
ジャガーにみる英国流の粋
ライディング アティテュード 〜「人と違う」は野暮な選択
NAVI的自動車文化の必要性
INTERVIEW 岡崎宏司のクルマ美学 〜個人の価値観を貫くダンディズム

粋 〜クルマの美学〜

photo:長谷川徹


粋であるということは、ある価値観を持った美意識であり生き様なのである。
果たしてクルマやバイクを粋に乗るとはどういうことなのだろうか。
本来、粋を語ること自体が無粋であり野暮なことだと思う。
しかし今回はクルマやバイクに関わる粋を考えてみたい。


●レクサス GS F
車両本体価格:¥11,000,000(税込) 
エンジン:V型8気筒DOHC 総排気量:4,968cc
最高出力:351kW(477ps)/7,100rpm
最大トルク:530Nm(54.0kgm)/4,800-5,600rpm

●トライアンフ スラクストン 1200R
車両本体価格:¥1,790,000(税込)
排気量:1,200cc
最高出力:97ps(72kW)/6,750rpm
最大トルク:112Nm/4,950rpm

ジャガーにみる英国流の粋

text:吉田拓生


粋という言葉はよく見かける活字だが、それを詳しく表現することは難しい。我々は普段、カッコイイことをひっくるめて「粋」としてしまっているからである。そんな体たらくなので「クルマ世界の粋とは?」というテーマを掲げられて大いに頭を悩ませた。

スタイルがカッコイイということであればスポーツカーとも符合するし、ブランドがカッコイイのであればそれは高級車ということになる。混沌とした定義の中でひとつだけ確かなことは、現代車の中で「粋」が薫るのはジャガーである、ということである。

先日、本邦デビューを果たした新型のジャガーXFに乗り込んで、その室内の狭さにニヤリとさせられた。狭いと言うと語弊があるのだけれど、ジャガーは伝統的に車格に対して室内がタイトに感じられるように設えられているのである。

これは、室内をミリの単位で広く確保しようとする、所謂大衆車とは全く異なる趣向から生まれる産物だ。ウエストラインも高く、グラスエリアも決して広くはないので室内は暗くなり、その空間の中でスポットを当てたいところにだけ光が当たって、陰影の見事な「粋」な小空間を作り出す。

粋な英国車、というと王室であったり貴族的といった言葉が思い浮かぶ。だが貴族が階級制度の上に成り立っていることを忘れてはならない。ジャガーの創始者であるサー・ウィリアム・ライオンズの名前に箔を与えるサーの称号は、ジャガーという自動車メーカーをイギリスを代表するようなブランドとして作り上げた功績に対するものであり、ライオンズの出身が貴族だからというわけではない。
ジャガーの前身はスワローサイドカーカンパニーと言って、読んで字の如くモーターサイクルに装着するサイドカーを作る工場だった。

スタイリッシュなサイドカーで一世を風靡することに成功したライオンズは、次に大衆車オースティン・セブンのボディをスタイリッシュなものに交換する業務に手を染め、これも成功させた。こうした「スタイリッシュたらん」という意思で下積みを続け、よくやく自らの「ジャガー」に辿り着く。

つまりジャガーは、チャールズ・スチュワート・ロールスのロールス・ロイスやライオネル・マーティンのアストン・マーティンのように出自が貴族的なわけではないが、ブランドが誕生した瞬間から高級車であり、飛びっきりの「粋」を身に着けていたのである。

しかし粋なジャガーが創始者の閃きひとつで生み出されることがないのも事実で、英国には様々なお手本が存在した。アームストロロング・シドレィやインヴィクタ、ディムラー、リーフランシス等々。さらにはタルボ・ラーゴやヴォワザンといったフランスのクルマにも影響を受けているに違いない。

クルマ世界における「粋」とは、ことほど左様に、人物ではなく国が、そして国というよりも国の歴史が作り上げてきたようなところがある。だからこそ技術的な視点から徹底的に速さに拘ってクルマ作りをしてきたドイツ車や、便利さを追求した日本車には「粋」を感じることができないし、前輪駆動ばかりになってしまった現代のフランス車からも、「粋」な精神は蒸発してしまっている。

現代のアメリカ車ではキャデラックがかなり頑張って再び「粋」な匂いを発しているが、それだってタッカーやデューゼンバーグといった歴史的な流れがあるからこそ作り込める。

クルマに例えればイメージとしては理解してもらえると思うのだけれど、それでもやはり「粋」という言葉をはっきりと説明するのは難しい。だがそれこそ、我々がクルマのみならず、あらゆる英国的なものに憧れる気持ちの源泉となっているに違いない。

● ジャガー XF
車両本体価格:¥6,680,000(25t PRESTIGE、税込) 
排気量:1,998cc
最高出力:177kW(240ps)/5,500rpm
最大トルク:340Nm(34.7kgm)/1,750rpm

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text:吉田拓生/Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車専門誌に12年在籍した後、2005年にフリーライターとして独立。新旧あらゆるスポーツカーのドライビングインプレッションを得意としている。東京から一時間ほどの海に近い森の中に住み、畑を耕し薪で暖をとるカントリーライフの実践者でもある。

ライディング アティテュード 〜「人と違う」は野暮な選択

text:伊丹孝裕 photo:長谷川徹


「人と同じモノはイヤだったから」

話が愛車のことに移り変わると、そんな風に語る人はけっこう多い。大抵はちょっと珍しい色のバイクに乗っている程度だが、中には希少なモデルや少し変わった仕様に乗っていたり、バイク自体はメジャーな存在だとしても凝ったワンオフのカスタムが施されていたりすることもある。

確かにそれは大多数の人とは違うのかもしれない。違うのだろうけれど、その人自身を映すモノではない。なぜなら、「人と違う」がモノ選びのスタート、もしくはゴールになっている時点で人の目や評価を気にし、それにとらわれていることに他ならないからだ。とても窮屈で不自由な価値観だと思う。

ごくごくありふれたバイクでも全然かまわない。その人が本当に気に入り、とことん味わい尽くしていれば、それこそが「人と違う、その人だけのバイク」のはず。それを粋というのかどうかは分からないが、少なからずそこに美意識のようなものが宿るのは確かだ。
 
以前、勤めていた会社に毎日ベスパで通勤している人がいた。年式も走行距離も不明。外装の色も赤なのか茶色なのか、それとも単にサビの色でそう見えていたのかも不明。頑強なはずのスチールモノコックボディはいたるところに穴が空き、まさに朽ち果てる寸前…という凄まじいポンコツっぷりだった。

その代わりと言ってはなんだが、エンジンは絶好調! …ということもなく、「会社に着くまでに1回しかエンジンが止まらなければ万々歳。2回や3回止まるのはまぁ普通」と、その人は事も無げだった。

なんかいいな、と思って見ていた。その人はそのベスパじゃなければダメな人だったし、そのベスパもその人だからこそエンジンが掛かっていたのだろう。長い時間と深い付き合いが築き上げた、強い情がそこに見て取れたからだ。

別にボロいことに味わいがあるとか、ヤセ我慢がバイクの美徳という話ではない。バイクが乗り手の一部になっているような、その様がカッコよかったのである。

クルマと少し事情が異なるのはまさにそこだ。クルマは静的に存在しているだけである種の世界観が完成するものの、バイクはそこに乗り手の存在が感じられないと、どこか未完成で物足りない。単独では自立できないという物理的な問題もあるが、やはり動いていればこそ。

走って走って、時々壊れたり転んだり。タイヤをすり減らしてオイルをにじませ、明日はもう少し上手くなりたいと願い、いつかもっと遠くへ旅してみたいと思いを巡らせながらまた走る。

もしもバイクに粋な世界があるとすれば、そういうフィジカルの果てに辿り着いた1人と1台の濃密さが作り出すものだと思う。

だから、スペックや価格、メーカーのヒストリーやブランド価値に対するプライオリティはクルマのそれよりもずっと低い。まして人と違うかどうかはなんら問題ではなく、その人がどう乗っているかどうか。そこに尽きる。

そういう意味でバイクはちょっと怖い乗り物でもある。なぜなら、スロットルの開け方や車間の取り方、選ぶウェア…と、そのどれもが乗り手の心根としてバイクに映し出され、人間性が露わになるからだ。折れて曲がってサビの浮いたフェンダーは使い込んだ風格の証なのか、単なる無精なのか。本当のところは分からなくても、間違いなくそれはたたずまいとして伝わってくるのである。

粋か、粋じゃないか。その境目を定義づけるのは難しいものの、なにげない振る舞いでどちらにも転がってしまうのがバイクだ。いとも簡単に無粋な世界に陥りそうになるのを律しながら乗り続ける。ある意味バイクはとても不自由だが、そこに踏み止まろうとする人を強くしてくれる乗り物でもある。

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

NAVI的自動車文化の必要性

text:小沢コージ


私がなぜ『NAVI』に入ろうと思ったのか? その前に2010年に廃刊になったこの希有な自動車専門誌について説明しておくと、NAVIは80年代半ばに創刊された雑誌で当時としては全くもって珍しかった。というか画期的だ!と私は思っていた。

どこが画期的かって、それこそが私が憧れた一番の理由だが、スペック中心主義ではなかったからだ。具体的には「280馬力だからエライ」「筑波サーキット最速だからエライ」「メルセデスだからエライ」はほぼなかった。もっとも特定ブランドへの肩入れは後にだんだん進むが、理由も他とは違っていた。単純に当時の編集長の趣味だったのだ。

そしてなぜ私がNAVIを指向したのかって、なんのことはない。数字や見栄の張り合いに興味がなかったからだ。もっと言うと、これしか好きな雑誌、読める雑誌がなかった。実際、馬力やラップタイムにほぼ興味はなかったし、当時始まっていた280馬力競争に全く興味がなかったと言えばウソになるが絶対欲しい!とは思っていなかった。

理由を率直に分析すると、特別自分が競争が好きだったり、得意じゃなかったことがあるだろう。経歴を見て貰えればわかるが、私は昔から特別勉強が出来た!とかスポーツが出来た!類の人間ではない。全然できなかったわけでもないが、まあ普通だ。同様に絶対にスーパーカーに乗って目立ってやろう!

とか速くなってレーサーになってのし上がってやろう! とも全く思っていなかった。

ただ、クルマは本当に面白いと思っていた。そして単純に〝クルマはなんで面白いんだ?〟ということを自分なりに追究してみたかった。その想いに一番近かったのが当時のNAVIだったのだ。

具体的には、今でも活躍されている下野康史さんの原稿が好きだった。下野さんは、少し偏屈なお方だが、本当に自分の感覚を大切にする。自分が面白いと思えば面白いと書くし、つまらないと思えばつまらないと書く。感情を素直に、なおかつ分かり易く表現する。

ああ、こういう風に表現できれば素敵だなと思った。それとNAVI全体がそうだが、別にクルマに限って語らなくてもいいじゃん! という想いがあちこちから滲み出ていた。

クルマは確かに面白い。だが、ついでに街を語っても、服や恋愛と繋げてもいい。ただ、結果的にクルマに関わる記事にはなってしまう。それが私にとっては心地よかったし、自然だった。

ただ、同時に壁にもブチ当たった。それは〝スペック以外でクルマを語る〟難しさだ。特にNAVIの外に出たとき、そういう記事がそもそも求められていないことに気が付いた。大抵の専門誌、あるいは一般雑誌でもクルマの記事は「乗って楽しいか」「快適か」「お得か」の情報を欲しがる。

結局はそこだ。しかし、私は元々そんなことに興味がない。それは強烈な矛盾であり、永遠の課題だが実は今もその矛盾と戦っている。

しかも最近は矛盾がまた強くなっている。昨今の自動運転ネタであり、AI時代だ。このテーマにおいても読者も編集者も本当に些末な情報を、なおかつ迅速に欲している。ただ、やっぱり私は詳細はどうでもいいのだ。自分なりに面白さを調べ、語りたいのだ。

そういう意味で私はガンコだ。昔と全く変わってない。ただ、それはそんなに凄くもカッコ良くもないことを自覚している。私は、単に自分のペースで生きたいだけなのだ。情報に流されたくないだけなのだ。頭がよい、勝ち気な人間は誰よりももっと先に行きたいと思っているだろう。そういう人に私の原稿は響かない。

ただ、私と似たような人も確かにいるはずだ。焦らず、自分のペースで楽しく技術や人の想いと付き合いたい。そういう人に喜んでいただけるような原稿が書けたらいいと今も素直に思っている。

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text:小沢コージ/Koji Ozawa
雑誌、ウェブ、ラジオなどで活躍中の “バラエティ自動車ジャーナリスト”。自動車メーカーを経て二玄社に入社、『NAVI』の編集に携わる。現在は『ベストカー』『日経トレンディネット』などに連載を持つ。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、トヨタ iQなど。

INTERVIEW 岡崎宏司のクルマ美学 〜個人の価値観を貫くダンディズム

text:まるも亜希子 photo:渕本智信

現代とは異なるクルマの価

数々のメディアで見せている凛々しい表情とは別人かと思うほど、目の前の岡崎さんは穏やかで親しみやすい雰囲気を放っていた。ストライプのシャツにジャケットを合わせた初夏の装いは、ファッション誌でも通用しそうなさわやかさだ。

岡崎さんは現在、76歳。同世代には故 徳大寺有恒氏、故 浮谷東次郎氏、高橋国光氏や生沢 徹氏らがおり、まさに激動の自動車業界を生きてきた世代である。とりわけ岡崎さんの自動車ジャーナリズムは、絶対的な審美眼と豊富な経験に基づく説得力のある描写で、一般ユーザーだけでなく業界内にもファンが多い。

憧れとともに強く影響を受けてきた年下の世代は、クルマに対する趣味趣向のみならず、男たるものかくあるべしといった生き様までも、受け継いでいるように思える。

1940年生まれの岡崎さんが免許を取ったのは、当時最も若い取得可能年齢である16歳の時だった。はじめは父親から譲り受けたブルーバードに乗っていたが、19歳の時に初めて自分で愛車を購入した。それが、当時37万円の中古のルノー・4CVだ。

学生の身分でありながら、今の金銭価値でいえば500万円近い高級車を手に入れたことになる。さらに、23歳の時には104万円のMG|Aを購入。すでに岡崎さんは結婚していたが、昼間は学校へ通いながら、夜はまったくなくなってしまった小遣いを稼ぐために、日比谷にあったフルーツパーラーでアルバイトをする日々だった。

「考えてみれば、おかしなことをしていましたね。結婚してて学校に行っててアルバイトをしている身だというのに、MG|Aに乗っているという。でもそれぐらい、クルマの価値というのは大きかった。そこまでしても、欲しかったということですからね。まわりの連中もけっこうそんな感じでしたよ。みんな、クルマのために必死で見栄を張っていたんです。ただ、104万円もの高額なクルマを、いったいどうやって買ったんだろうと今でも不思議ですけどね」

岡崎さんはそう言ってふわりと微笑む。その表情にはまったく似合わないが、無我夢中と言えるほどクルマにかける情熱の凄さがじわじわと伝わってくる。ただ、クルマなら何でもいいというわけではなかった。デザインはもちろん、氏素性にも惚れ込んだクルマだけが、岡崎さんを突き動かした。

「これはバイクの時からなんですが、自分がきれいだなと思えないバイクには絶対に乗りませんでした。例えばヴィンセント・ブラックシャドウをみんな賞讃してましたけど、僕にはあまり魅力的に映らなかった。僕はもっぱらトライアンフや、アールズフォークのBMW。BMWはとくにR50Sというレアものに惹かれて探しまわりましたが、なんとか手に入れたときは嬉しかったですね」

自分の中に審美眼を持つ

ヴィンセントといえば、バイクにおけるフェラーリのような存在。高級であるかどうかということは、判断基準にまったく関係がなかったのだと岡崎さんは言う。世間の評価がどうかというのも関係ない。ただ、自分が欲しいかどうか。それがクルマを選ぶ基準だった。

「例えば、アメリカに行った時にキャデラックを借りてドライブするといった、その場所の雰囲気を楽しむようなことは好きでした。でも自分のそばに置いておくのは、本当に好きになれるクルマじゃないとね」

実は前述のMGAにもそのこだわりが注がれている。通常、人気があるのはMkⅡというモデルだが、岡崎さんが惚れ込んだのは初期モデルのMkⅠと呼ばれるモデルだった。

「MkⅡの1600㏄になれば、非力なエンジンは大幅に改良されて、パワーも18馬力ほど引き上げられています。かなり速くなりました。でも、僕はどうしてもMkⅠがほしかったんです。なぜなら、まずは小さな縦型テールランプが美しかったし、フロントグリルがボンネットからきれいに伸びた素直なデザインだったのも好きでした。これがMkⅡになると、テールランプは横型になり、グリルは少しデコラティブに変わりましたが、僕にはその変更が美しく見えなかったんです。走りはダメでしたけど、躊躇なく美しさでMkⅠを選びました」

世間の評価でもない、価格の高い安いでもない、他人にはわからない自分だけのこだわり。買うために見栄は張っても、クルマを見栄で選ぶことはなく、あくまで自分の中で最高のものを選ぶ。

これは誰にでもできそうで、なかなかできることではない。時には、チープなものでも気に入れば大切に愛用し続けることもあり、本当に惚れ込めば高額なものでも死に物狂いで手に入れる。こうした、好きなものに真っ直ぐであり続けたことが、岡崎さんの中に強固でブレない核をつくったように思える。
▶︎同じ1940年生まれである片岡義男氏の小説が好きだという。特にアメリカを舞台にした物語がお気に入りで、若い頃に旅したアメリカの思い出が蘇ってくるとのこと。

経験から生まれてきた選択基準

とはいえ、時代は1964年の東京オリンピックに向けてすべてが上り調子で、その後の高度経済成長期に突入していく急流の最中。みんなと同じものを良しとし、世間がものの価値を決めていた時代である。そんな中で、岡崎さんはどうやってそのブレない核を形成し、保ってきたのだろうか。

「ひとつは僕の青春期っていうのは、アメリカの価値観一色だったんですね。中学に入るころから、雑誌もアメリカのグラフ誌を買ってきて、英語も読めないのに無理やり読む、なんてことをやっていました。だから、片岡義男さんの小説は、日本語で読めるアメリカそのもので、好きでよく読んでいましたね。そうしては、時間とお金ができればアメリカへ行って、小説の世界っぽいことを味わってくるというのを繰り返していたんです。初期の小説に出てくるシーンというのは、たいてい身に覚えがありますよ」

岡崎さんが初めてアメリカに行ったのは、1964年のことだった。世界一周分の航空チケットと500ドルを持って、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてヨーロッパをまわる、目的のない旅だったという。ところがその旅では、やたら友達がたくさんでき、連日連夜パーティに興じては友達の家を泊まり歩くという、刺激的な毎日が待っていた。

その後も岡崎さんは何度となくアメリカを訪れ、1人でトラックに乗って走りまわり、夜は荷台で星空を眺めるといった旅を繰り返した。そんな旅をしていれば、想定外のトラブルに対処しなければならないことも、一度や二度ではなかったはずだ。

こうした体験は、岡崎さんを人間としてもジャーナリストとしても、大きく豊かに、そしてタフにしたことは間違いない。岡崎さんが包み込んでいる核は、先入観や常識にとらわれず、自らの身を投じて得たものだけで造られている。誰かの受け売りで発言することや、何かを選ぶことがない。だからこそ、それは決してブレないのだ。
▶︎家族の前でもパジャマ姿を見せない、クルマの中で食べ物を食べないなど、常に自分を律している。しかし反面、アイフォンを自在に操り、フールーで映画を観るなど、自称“新しいもの好き”でもある。F1中継は深夜であっても基本的にオンエアで観戦するという。

徳大寺有恒のダンディズムを実践した生き方

しかしその堅さを、他人に押し付けたりはしないところが岡崎さんの粋な魅力である。共著で本を出したこともある故 徳大寺有恒氏ら、仲が良かった友人たちとのエピソードからも、それを窺い知ることができる。

「徳さんは本当に自由奔放に、フェラーリでもロールスロイスでも、美しいと思ったクルマたちを手に入れる人でした。僕たちの価値観はほとんど一緒で、徳さんが好きなもので僕が嫌いだというものはひとつもなかった。ただ、それを自分のそばに置くか置かないか。僕はフェラーリに乗った自分が周りにどう見られるのかを想像して、恥ずかしくなって乗れない。洋服にしても、僕はキメすぎるのが照れくさかったけど、徳さんはそれをストレートに身につける人でしたね」

「浮谷とは、よく鈴鹿サーキットに自走で練習に通っていました。ある時、浮谷がトヨタから借りたマシンの隣りに乗って行ったら、箱根でスピンをやらかしてね。降りてマシンをぐるっとひと周りして、なんかおかしいな、なんだろうと思ってもう一度よく見たら、ナンバープレートがついてないんですよ。まぁ、お咎めなしで鈴鹿に着きましたけど、いくらなんでもねぇ。でも浮谷のそういうところが、カッコ良かったんです」

自分にはできないことをやってのける友人に、温かい目を向け面白がり、認め合う。もしかしたら、気恥ずかしくて自分には無理だといいながらも、徳大寺氏が語ってきたダンディズムを、いちばん忠実に実践してきたのが岡崎さんなのかもしれない。

自分の中に強固な核を形成しながら、それで人を攻撃することのないよう、常に核のまわりは柔らかなままでいる。そしてここぞという場面では、一気に情熱をあふれさせるのが岡崎さんだと感じた。時代が移り変わっても、それを拒絶するわけでも流されるわけでもなく、今も輝き続けている岡崎さんの生き様に、誰もがもう一度心に刻むべき美学を感じずにはいられない。
岡崎宏司/Koji Okazaki
1940年東京生まれ。日本大学芸術学部在学中から国内ラリーに参戦。卒業後は自動車雑誌の編集者となる。後に自動車評論家として独立。現在もモータージャーナリズムの第一線で活躍している。

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text:まるも亜希子/Akiko Marumo
エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集者を経て、カーライフジャーナリストとして独立。ファミリーや女性に対するクルマの魅力解説には定評があり、雑誌やWeb、トークショーなど幅広い分野で活躍中。国際ラリーや国内耐久レースなどモータースポーツにも参戦している。
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