トヨタではなく、"トヨダ"だった!トヨタ初の生産型乗用車「トヨダAA」とは?

トヨダAA

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豊田自動織機製作所(現在のトヨタ自動車)初の生産型乗用車が『トヨダ AA』です。そう、発表時の社名(車名)はトヨタではなく、”トヨダ”でした。お値段3,350円(名古屋店頭渡し)。現在の価値に換算すると、およそ2,000万円という超高級車でした。では、トヨダAA型とは、どんな車だったのでしょうか?

文・加藤久美子
Chapter
トヨタ初の乗用車は、トヨタではなく「トヨダ」
トヨダAAってどんな車?
豊マークに、綱でできたアシストグリップ?
オリジナルのトヨダAA型は、日本で1台も発見されていない!

トヨタ初の乗用車は、トヨタではなく「トヨダ」

トヨダAAの発売は、1936年(昭和11年)4月。同年の9月には、東京丸の内の東京府立商工奨励館(現在の東京都立産業技術研究センター)で『国産トヨダ大衆車完成記念展覧会』が開かれました。

トヨタ初の乗用車であり、純国産車として初の大型車でもあるトヨダAA。自動車技術に関して、飛びぬけたセンスと圧倒的な知識量を誇る豊田喜一郎は「日本人の頭と腕で良品廉価な大衆車をつくり、国を豊かにしたい」という志を実現するため開発にあたったといわれています。

なお当時の社名は、豊田(TOYODA)なので、AA型も”トヨタ”ではなく”トヨダ”と表記されていました。1937年1月に新会社「トヨタ自動車工業株式会社」として豊田自動織機より分離独立しましたが、トヨタ博物館に展示されている復元車の名称は『トヨダ AA型乗用車”レプリカ”/TOYODA Model AA』となっています。

トヨダAAってどんな車?

戦前の日本では、フォードやGMが1920年代後半に日本に進出しており、横浜(日本フォード)や大阪(日本GM)でノックダウン生産を行っていました。日本は当時すでに世界に大きな影響力を与える列強に位置付けられていましたが、自動車の製造に関する技術は未熟だったためです。

そのようななか、誕生したトヨダAA型は国産初の乗用車として、ユニークな特徴をたくさん持っていました。エンジンはシボレー製の排気量3,389ccの直列6気筒OHVをベースに設計、ボディは当時の最先端技術が盛り込まれたクライスラー デソート エアフロー(1933年)を参考にしたとされています。その影響を強く受けた流線型ボディには、5名乗車が可能な広い室内空間が確保されました。

豊マークに、綱でできたアシストグリップ?

AA型は80年前の車ですから、現代の車には存在しないユニークなアイテムが多数存在しています。

その最たるものは、車のフロントに飾られたエンブレムです。漢字の「豊田」を図案化してスピード感を感じさせる羽根をモチーフとしたデザインと組み合わせています。
内装も、当時としてなかなか豪華なつくりだったようですね。ソファのような分厚い本革シートや鏡面仕上げのウッドパネルなどとても美しく仕上げられています。

注目すべきは、後部座席にセットされた「綱」のようなもの。神社のお賽銭箱にある、太い綱(正式名称は鈴緒)のような形をしています。この、綱は今でいうアシストグリップのような役目をはたしていたのでしょう。

オリジナルのトヨダAA型は、日本で1台も発見されていない!

記念すべき国産初の乗用車トヨダAAは、トヨタ博物館に展示されています。しかし、こちらはレプリカモデル。まったくオリジナルのトヨダAA型はもともとの生産台数が少なかった(合計1,404台)こともあり、第2次世界大戦で多くが消失したとされています。

ところが、世界に目を移すとオランダの博物館にオリジナルのAAが展示されており、現存していることが確認されているのはこの1台だけです。

初めて乗用車を世に送り出してから約80年。戦後の目覚ましい技術力の発展で、短い期間で世界一の自動車メーカーとなったトヨタ自動車は、日本の誇りですね!

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