F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Vol.33 "アイスマン"復活の舞台裏

Vol.33 "アイスマン"復活の舞台裏

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といって、その後の35周を楽に走れたわけではなかった。接触した複数のマシンを撤去するため、38周目にセーフティカーが導入された。そのため、4秒あった2番手アロンソ(フェラーリ)との差は実質ゼロに。

再スタートが切られた途端、アロンソが仕掛けてくるのは明白で、彼の攻撃を防ぐためにも、タイヤを適正な温度に温めて準備を整えておく必要があった。セーフティカー導入中はスロー走行となってタイヤが冷え、グリップが低下してしまうからだ。

グリップ低下を心配したチームは、タイヤを温めるよう無線でライコネンに指示を出した。するとライコネンは半ば叫びながらこう応えた。「放っておいてくれ。何をしなければいけないのか、わかっているから」と。

そのうえ、「集中したい」からと、指示は無線ではなく、ピットウォールからコースに向けて掲示するサインボードだけにしてほしいと注文を付けた。

チェカードフラッグを受けたライコネンは車両保管所に戻ると、軽く手を挙げ、車検所の奥に消えた。飛び上がって喜びを表現したり、クルーに駆け寄って抱き合ったりといった、優勝ドライバーにお決まりのパフォーマンスはなかった。

「アイスマン」のニックネームどおり、冷めた態度である。レース後の記者会見で気持ちを聞かれたライコネンは、「別に」とひと言。さらにコメントを求められて「そりゃうれしいけど、飛び上がるほどじゃない」と答えた。

勝ってもうれしくない? というのは誤解で、勝ちたくないなら2年間のブランクを挟んでF1になど、戻ってこない。戻って来たとしても、体や反射神経が最新のF1についてけるかどうか、保証はなかった。なにしろ、短距離走の筋力かつ瞬発力でマラソン並みの持久力を求められるのがF1である。

そうした激しい運動をしながら、敵と戦うための瞬時の判断力が求められる。その判断を支えるのは最後まで諦めない気持ちだが、いかにチャンピオン経験者とはいえ、ブランクや年齢に勝てないことは、ミハエル・シューマッハを含め、過去のドライバーが証明している。

だがライコネンには、過去の例があてはまらない。冷めた態度だけでなく、体力と精神力も型破り。第15戦日本GPの金曜日、トラブルで走行機会を奪われたライコネンは、仏頂面を隠そうともせずホスピタリティに戻ってきてモニターの前に陣取り、表情を変えることなく画面を凝視していた。

走れないことに対するいら立ちで、体が熱く火照っているようだった。

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▶︎ライコネンが所属するロータスF1チームは、自動車メーカーや巨大資本の後ろ盾を持たないプライベートチーム。シーズン開幕前はマシンの出来映えが心配されたが、長年蓄積したノウハウを生かし、コンスタントに上位に割って入るだけの実力を備えるに至った。その高い戦闘力が、通算19勝目となるライコネンの復帰後初優勝を助けた。

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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/

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