おしゃべりなクルマたち vol.56 おばさん流スポーツカーの楽しみ方

vol.56 おばさん流スポーツカーの楽しみ方

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「あれだけねちねち、いいわね、いいわねって言われたら、誰だって根負けするだろう」。
 
初日は子供の学校の送り迎えに使うことにした。距離を伸ばしてもいいと嬉しいことを言ってもらったが、オーナーが遠出していないのだ、気が引ける。残念ながら雨降りで、出掛けに飛ばすなとダンナに釘を刺された。「飛ばしたいから乗るのではない!」、私が答えると彼に言い返された。

「スポーツカーを飛ばさずに何を飛ばすというのだ」。
 
2日目は快晴。道が乾く午後を待って86のステアリングを握った。目指すは家から30分ほどのところにある直線道路だ。この道は建設が終わったばかりの大学の研究施設に向かう専用道路として、ゴルフ場の真ん中に作られた。

距離は短いがきれいに舗装され、道幅が広い。見晴らしがいい。加えて施設がオープン前だから通るクルマが少ない。私は86をここに持ち込み、ゆっくりとスピードをあげた。あげたとたんに道は終わるが、Uターンしてまたスピードをあげる。これを何度も繰り返した。
 
スポーツカーを飛ばさずに何を飛ばすのだとダンナは言ったが、私は自分が運転下手であることを自覚している。だから飛ばさない。飛ばさぬかわりにゆっくりスピードを上げてエンジン音を聞く。エンジン音を聞いてスポーツカーを味わうのが私の楽しみ方なのだ。想像通り、グワグワグワグワッという籠った音が車内に充満して感激した。
 
ところがその夜、ダンナにこの話をして呆れられた。呆れる彼の顔には〝いい歳をして〟と書いてあって、思わずむっとする。いつものことだと聞き流せなかったのはグワグワグワッに気持ちが高揚していたせいかも知れない。

男はいくつになってもスポーツカーが好きと言えばかっこいいおじさんとよばれ、おばさんが好きと言えば若作りのように扱われるのは理不尽だ。私が怒ると、彼がまあなとこう言った。「まあな。女も男も俺たちの世代は86みたいなクルマに育てられたからな。これからはキミみたいなおばさんが増えるのかもしれないな」。
 
クルマを運転するオンナが登場したのは私の親の世代。彼女たちが社会の制約や偏見と闘いながら道を開き、女性ドライバーのパイオニアとなった。キミみたいなおばさんとダンナが言った私たちはその道を走りながらクルマが楽しいモノであることを知った最初の世代だ。

だから私たちにモデルはない。エンジン音でスポーツカーを楽しむ、これが楽しみ方のモデルになってもよいではないか。なんだか久しぶりに張り切ったのはやっぱりスポーツカーにのったせいだと思う。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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